藤中さん高齢者のフットワークに乾杯した

お天気予報が当たり早朝から雨。夕方まで霧雨が続いた。おそらくユンボで地面を掘ったら2mぐらいまでには湿ってそれ以下は乾燥していると思う。川の水位に変化はない。農園ライフラインの井戸周辺に川の水をきょうからエンジンポンプで揚げはじめた。


藤中さんは農園泊まりの前に一泊二日で四国松山に行った。知り合いが高知に仕事があり車に便乗して強行軍。前々から「四国に行きたい」と言っていたそれが叶った。


20数年前「晴耕雨読」という版元の本を手にした。松山で絵筆をとり描き続けている人物を作品とともに世に出した。その作風に藤中さんは魅了された。と同時に作家として作品に向き合う魂にも。


作品が世に出るには作品とは無縁の肩書きがいる画壇の世界。その世界に背を向けてひたすら絵筆を握り、その作品は地域の公民館などにかけて奥さまとふたりで作品展を催した。


その絵描きに会いたいと藤中さんは思っていた。それを強く意識して四国行きになったのは、藤中さん大病から立ち上がった昨年があったからではなかろうか。ご存命なら90歳はゆうにこえている。「晴耕雨読社」の所在地は調べたがアポはとらずに行った。


個人のお宅が出版社。20数年前に読んだ者ですと玄関で挨拶。儲けることより「世に出したい」その琴線にふれた人物を書いて世に出す。

絵描きさんはすでに他界されていた。けれども親族が作品を保管されておられ、その連絡先まではわかった。何より藤中さんが驚かれたことは「晴耕雨読」の社長は豊浦高校卒業だったこと。


藤中さんフットワークのよさがこれからはじまる物語の緒に着いた。その感動が肴になった。


藤中さん歓待で酒だけは揃えた。久しぶりに赤ワインをガブガブ飲んだ。寝不足と美祢市観光ガイドと防府トヨタまでの運転でさぞかし血圧があがっただろうと夕方はかったら驚くほどの正常値。

昨夜は缶ビール2本とワインで寝てみた。4時、降圧剤の効目が切れている時間にはかったらバッチリ安定数値。


私の健康管理にはワインということ。けれどもワインの酔いはすぐ醒めて物足りない。


厚狭の妙徳寺。霧雨の境内です。