愛犬11年を穏やかにむかえた

11年前の6月、防府北基地近くのコンビニ裏の草むらが豪雨で浸かりはじめた。夕方、生後まもない子犬7匹を咥えて近くのお宅の軒下に運んだ母犬。

お宅には2頭室内犬がおる愛犬家の軒下が子育ての場になった。


このお宅で餌をもらった。昼間、人が来ると逃げられるよう立って授乳。夜は寝て授乳。

子犬が少し成長したころご近所で「どうするか」が話題になるようになった。子犬の写真を撮って地域に張り紙をした。親犬は避妊や検査をしてから里親さがしをすることになり手術費用などみなさんの善意が集まった。

捕獲は倉庫な戸を少しあけてソーセージを並べて倉庫に閉じ込めた。犬好きな婦人が抱いたとき暴れなかった。


その手術をした動物病院に私がたまごを届けていた。

汚れて痩せた犬が待合室の隅で震えていた。医師が、避妊は終えたが「フィラリア陽性」と言った。里親さがしが暗礁に乗り上げた。

当時、農園には3頭愛犬がいた。そのグループに「陽性」を入れるとリスクが増えるが、このままでは処分される運命になった。


紆余曲折を経て、11月の最後の日に引き取りに行った。

野良犬家族にかかわった大勢の人がお別れに集まった。幸せになってほしいと「ハッピー」と命名式。

たくさんのドッグフード・宇部市に登録する現金・私に新潟の酒・家内にエプロンなど豪華結納を頂戴した。


ハッピー。きょうで11年を穏やかに迎えた。それ以前、何年生きてきたのかわからない。外で寝て、夜は私のまくら元で寝る。フィラリアは危険な5年を無事発症せず経過した。ゆきちゃん(8ヶ月)が母親のように慕っている。


ゆきちゃん。4月の末に引き取って帰り道に小さな首輪を買った。その4つの調整穴がいっぱいになり、大きめの首輪に変えた。その穴が今は3つ目になった。成長が早い。


萩市から長門市を配達して美祢市で11時に貴美さん(松村御大奥さま)とお友達の二人と合流。

貴美さん念願の「よしの」開店時間にテーブルについた。うどんに舌鼓をうったあとも念願の「プチラボ」ご案内。

私は9時に配達に行っている。


店内混雑で入店制限。入り口から路上に続く行列に加わった。貴美さん豪華なお花を持参され店内が華やかになった。きょうパンの種類は90以上あるらしい。たくさんお買い上げくださった。


次は白虎隊士ゆかりの地をご案内。記念碑近くの高見のじいちゃんが説明に来てくれた。


その次。JR「厚保駅」ご案内。

数年前、トイレで立ち寄った無人駅。そのトイレがピカピカに輝いており感動した。駅舎に併設の「地域交流センター」に集っておられたご高齢のみなさんに「今朝から何ヵ所かトイレに立ち寄ったが、ここほどきれいなトイレはなかった」とお礼を言った。

以後、毎週の木曜日は厚保駅立ち寄りになっている。多くの皆さんと親しくなった。


最後は神功皇后神社に参拝。長府の忌の宮神社ご祭神 仲哀天皇とのかかわりを私の知識でご案内した。神功皇后が挙兵。兵を集めたことに由来する「あつめ」の厚保(あつ)。


ここで「よしの」スタート美祢市の旅は完結した。


ホーム画面などでようすをご覧にいれます。

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お客さま下関市から来園

きのう魚市場で買った魚を家内がさばいた。そのアラを容器に入れて倉庫、ネコの餌場に置いて寝た。

4時前に見に行ったら完食。別の容器にカリカリを入れておいたら6時過ぎには完食していた。

夜、農園内を歩きまわってくれるだけでネズミが去っていく。このぐらいの距離感がお互いによいと思う。


ゆきちゃんを保護してくださったお宅にピアノレッスンに通っておられる先生が「飼い主さがしています」と子犬な写真つきでネット発信された。それをフルートちゃん(長門フルート教室)が転送してくれて引き取らせてもらうことになった。


脱線。

農園には防府市から来た保護犬ハッピーが今月末でまる11年になる。保護されたとき何歳かわからない。

私の年齢を考えると、責任をもって飼える犬はハッピーで終わりだと決めていた。

ゆきちゃんの写真が届いて思案した。その結果は、これから子犬が成長して20年ぐらい寿命があるとしたとき、私も犬の世話を励みに健康寿命に挑戦する。そのチャンスが到来したと思えばよい。

フルートちゃんに手を挙げた。


そのピアノ先生とFacebookなどで繋がっていた、以前はピアノを教えておられた方と私が繋がった。ゆきちゃん縁結び。

地域の方に農園たまごをPRしてくださり、水曜日に配達をしている。

農園、坂村真民先生「念ずれば花ひらく」石碑を背にして左からお二人がゆきちゃん関係者。その右お二人はたまごのお客さま。4名が農園を訪れてくださった。


その後、美祢市まで先導して加奈ちゃんプチラボにご案内。拓さんお買い上げ。2階レストランでコーヒーとなったので私はおいとま。


農園に戻る途中、源泉かけ流しの於福温泉立ち寄り。

小雨で農園の井戸はピンチ。川エンジンを据えて水を井戸近くに毎日散水してしのいでいる。

水の心配をせずに湯を楽しめる機会に遭遇。しかも、理由はわからないが半額の250円だった。

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元気に木曜日を終えた

きのう藤野先生(数楽の会)がFacebookに「寿司・割烹 浪花」のホームページがリニューアルされていますよ!と投稿された。


4月ぐらいからリニューアル工事だったので早速拝見。とても上品な構成でお店の看板にふさわしいと思った、


http://www.sushi-naniwa.info/


きのうは下関市綾羅木・長府に小月を走り夕方前に戻った。疲れか体調不調か早く横になりたいと身体がサイン。家内が泊まってくれる水曜日だったので簡単に食べて飲んで、犬の世話を頼んで風呂も入らず7時には寝ていた。3時まで熟睡。疲れはなくなった。


配達スタートの5時過ぎまでにやることはたくさんあるが、最初は猫が餌を食べたかどうかをヘッドライトを点けて見に行ったら完食。その場で餌を補充した。

配達の準備をしながらゴミの焼却、愛犬の散歩などでフル回転。

出発前に猫の餌を見たらすでに完食。姿はまだ見たことないが私との関係は深まってきた。


小雨の海峡を唐戸魚市場からシャッター。

カツオのたたき・サンマを買った。


昨夜の8時間睡眠で体調は戻った。

農園に戻りシャワー。愛犬2頭と散歩。

このブログを更新しながら「角ハイボール」2缶がとてもうまかった。

これから魚で酒になる。

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野良ネコが餌を食べた☺️

Facebookに投稿すると、ランダムに過去の投稿を届けてくれる。2年前11月27日の投稿が届いた。

飯塚の嘉穂劇場・柳川の川下り・長崎市内観光バス・有田焼で買い物・日田の夜はキャンドルイベントで青森ねぷたの思い出がよみがえった。


野良ネコが山から農園の様子を見ていることはわかっている。日曜日にwelcomeフードを倉庫の下、雨があたらずカラスに見えない場所に置いたが食べない。今朝3時に餌場に行ったが食べていない。

6時前に配達に出る前に愛犬の散歩。ヘッドライトの明かりに山からこちらを見ている目が光っていた。


9時間走って農園ゴールイン。エンジンをとめてすぐに餌場に行ったら完食!これで空腹から救える。次のステップは餌場に犬小屋を置いて敷物を入れ雨風がしのげることを覚えさせたらよい。

まだ姿は見ていないが名前は三代目の「おい」しかない。


農園生活の楽しみのなかにテレビとラジオ番組。テレビはおもに洋画。そして新日本風土記。その他たくさん録画して時間がとれたら楽しんでいる。今週の金曜日9時からの新日本風土記は「十津川村」。行きたいところトップが十津川村。次が角館そして比叡山。十津川村の録画を楽しみたい。


明日の木曜日。配達軒数と走行距離で最高の下関市から美祢市。楽しみは唐戸魚市場。

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固有名詞に意味がある

地名に興味を持ち始めたのは、前の仕事(会議録調整)のとき人名や地名に略語で鍛えられたことから。


人名、例えば宮崎県椎葉村議会の執行部と議員の名字は「椎葉」さんと黒木(くろぎ)岩切(いわぎり)が多数をしめた。


略語で思い出があるのは「みやこう」宮崎市議会で盛んに使われ録音には鮮明に記録されているが充てる漢字がわからない電話で事務局職員さんに聞いたら、バス会社の宮崎交通を地元では「みやこう」が市民権。


他にも行政用語も面白い世界だった。


地名はその地の歴史や文化をあらわしていることに気がついた。


下関市長府に「千鳥ケ丘」がある。小高い住宅街から眺めると干拓された広大な風景がある。つまり、この千鳥は昔は海岸にあったことがわかる。

宇部市の琴崎八幡宮も、境内下までが海岸線で松が風にそよいだ風景の地名と私は思う。


宮崎県延岡市、大分県との境にそびえる「大崩山」自然災害が多かったことがわかる。

出雲市と斐川町(母の郷里)にかかる橋は「神立橋」調べてみると古事記までさかのぼるかもわからない。その橋のたもとに「万九千神社」がある。


きのう発見したバス停「土取」の側に配達のお宅があったので地名の由来を話題にした。

近くの川の護岸工事で大量の土をこの場所から出したので「つっとり」と言われているが、そういうことに関心のない人ばかりになりましたと言われた。


地名が教えてくれる歴史を大切にしたい。

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朝より昼間の温度がさがった

きのう午前、下関市の荒川さんから電話「加奈ちゃん、山口新聞に載っています」と教えてくださった。

コンビニ2軒立ち寄ったが新聞売り切れ。美祢市の「よしの」は山口新聞だったので今朝手に入れた。


先週は下関のご夫妻。今週も金曜日と土曜日同じく下関の皆さまをプチラボご案内予定。加奈ちゃん応援団長を私は自負している。


ラジオ番組。出雲の神々が紹介されたなかに「まんくせん神社」と聞こえた。96歳でお国替えした斐川近く斐川町で育った母が「まんくせんさい(祭)」の賑わいを子供の私に何度も話した。

ネット検索したら斐川町の「万九千神社」がヒットした。9人兄弟の長女。小学校を出て松江に奉公に出されて下の兄弟との思い出なかった。

その母が楽しかったと話した神社に参りたい。来年は5年のお祭りを仕えていただく節の年でもある。


昨夜、ネコの餌を置いた。朝一番にチェックに行ったが食べていなかった。山に向かって「おーい」と名前を呼んだ。

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運転免許証の更新

ゆきちゃん、ヘッドライトを点けて毎朝4時ごろオシッコをさせている。その明かりを山に向けると白く輝く(ブルーにも見える)小動物の2つの目がこちらを向いている。タヌキの目は赤く見える。

その目があらわれ始めて、倉庫のすみにウンチが増え始めた。ネズミの気配がなくなった。おそらくネコではなかろうかと思っていた。


正志がネコを見たと言った。野良ネコ大歓迎。

まだ姿を見てはいない。このネコが居着いたら3匹目になる。キャットフードを買って倉庫の側に置いた。


運転免許証の更新。8時半に会場到着。すでに長蛇の列だった。私は一旦停止違反でキップを切られているので2時間講習コース。

運転は特別に慎重になっているが、初めてのお客さまのお宅をさがしているとき標識を見落とした。運悪くパトカーに見つかった。


お昼前に交付が終わった。午後から鍵山記念館で重枝さんにタブレット操作の疑問点を教えてもらう予定。

途中、久しぶりのラーメン。はじめての「かがわらーめん」チャーシュー麺(800円)は豚骨味。とてもおいしく食べた。ラーメンを食べると塩分のせいか水が欲しくなるけれど、このお店のラーメンはそれがなかった。


記念館には数学(数楽)の藤野先生と、正月には巫女さんをまだやれるかわいい桂子ちゃんがおられた。上の写真は重枝さんと。


タブレットから古事記に話題がかわり歴史。いまの社会情勢の問題点などになった。


私は「桜を見る会」を野党が追及する日本の政治。もっと論じることが山積しているから落胆している。

国として少子化・高齢化に目をとじている場合ではない。


ある年金受給のお客さんが言った。武士制度廃止。廃藩置県。地主制度の廃止など国の転換にはおおきな決断(地主制度改革は強いられたが)で舵をきった。

私ならば、年金制度を廃止してその財を教育費に充てると豪語した。


その覚悟に値する政策論争をやれ!

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長府から帰り道の車内から更新

今朝5時半。萩市にむかうとき「大寧寺に立ち寄ろう」と決めた。毎年この時期に撮る私のお気に入り紅葉がきっと見事に染まっているだろうと思った。


その紅葉と池の落ち葉がよかった。

落ち葉をきょうのブログに載せます。 


今は午後7時半。長府のキャンドルナイトを歩いての帰り道。昨年からFacebook友達、ご同輩の藤中さんが催しの中心で頑張っておられるので応援。

念願の「菊舎」で評判のお好み焼きとビール大瓶2本。評判どおりおいしかった。

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ゆっくりした金曜日になった

金曜日は私の休日と決めて数年になる。

それまでは、山口市・防府市・新南陽市を8時間走っていた。そのコースを正志にバトンを渡した。


けれども寝起きしているのが農園ということもあり、まったく仕事をしない金曜日はない。

3時、しっかり夜露がおりた焼却場で鶏の糞を受けた新聞紙、一輪車のカゴ山盛りに火を着けた。燃えた新聞紙が舞い上がっても夜露が味方しているので山火事にはならない。


ゆきちゃんが連れて歩けとやかましい。ヘッドライトを点け星空を仰ぎ見ながら散歩。とにかく寒い。


4時ごろに厚着を脱いで布団にもぐり込んだ。目が覚めたら6時半「フクの皮」でゼラチン雑炊ができていた。


録画していた「ロビン・フッド(140分)」を楽しんだ。字幕なのに面白くてボリュームをあげた。


お昼まで愛犬散歩。老犬ハッピーはリード無しで私と歩ける。言うこと「とまれ」「まて」「すわれ」ができる。防府市で野良犬だったとは思えない。


ゆきちゃんはリング場外乱闘するレスラー状態。私の手づくり、太いロープのリードを咥えたら力まかせに首を左右に振る。上下しっかり大き歯がならんでいるから咬まれて首を振ったら傷はかなりになると思う。淑女で成長してほしかった。

ハッピー、農園に来た当初は手におえなかった。ゆきちゃんもぼつぼつに。


JR美祢駅前で1時。金剛住機(下関市)の木村社長夫妻と合流。加奈ちゃんのお店にご案内した。夫妻は「よしの」で食べてこられたのでランチプレートはパス。パンと加奈ちゃん出版の本などお買い上げ。

夫妻のご長男と加奈ちゃんは湯本温泉興しで知り合いだったことも判明。

きょうは「いい夫婦の日」加奈ちゃんお店は夫婦来店はお買い上げから200円値引き。木村ご夫妻も恩典あり。

加奈ちゃんInstagramは5千人以上がフォローしているらしい。私はFacebookでフォローしている。


木村ご夫妻とわかれて於福温泉。1時間お湯を楽しんで出るときカウンターのおばちゃんが「これに入れて」とビニール袋をくれた。使ったタオルを車内のどこに置こうかと考えていた。この気遣いがうれしかった。


農園に通じる唯一の道は橋。晩秋の風景になった。

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長丁場の木曜日を終えました

この年齢で(1951年生まれ)鹿児島の往復1000キロメートルの運転。月曜日から3時起きの農園生活にもどった。とくに疲れた実感もなく木曜日の長丁場を終えた。 


空気が乾燥しているので焼却は夜露がしっかり降りている早朝。今朝は4時前に外に出て夜露を手のひらで確認して火を着けた。先日、立て続けにイノシシ2頭が捕られて以後は出没した跡がない。


5時半までに配達の準備と愛犬の散歩をすませて農園スタート。小月のレストラン「卯」玄関にお届けを済ませて唐戸魚市場。


私が夕食に買う魚と、飲食店(プロ)の人が買う店は値段がちがう。今朝はいつもの店で二種類の山を買った。常連なので「腹と頭をとって、アラも全部持って帰るから」と愛犬朝食もクーラーボックスに入れた。


木曜日の最後は美祢市「よしの」世界情勢から下ネタまで会話が盛り上がった。

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目覚ましアラーム音に起こされた

昨夜は8時ごろに眠気がきたので布団にはいった。携帯電話の目覚ましが4時に起こしてくれた。

きょうの配達準備と愛犬と私の朝食。台所と部屋の掃除機を済ませて6時に農園スタートはきびしい。なにをカットするかを考えたら私の朝食。


家内がキャベツの千切りを山盛りつくっているので、それをフライパン卵をひとつ落とした。サンマの缶詰め。バナナ一本と柿で済ませた。


愛犬。ハッピーは牛乳と卵ひとつ。ゆきちゃんは牛乳と卵とドッグフード。いくら忙しくてもゆっくり散歩。


まだ暗い6時に農園を出た。


配達はお客さまとの会話が一番の楽しみ。

なにかの事情で5年前に配達を断られたお客さまからのご注文。玄関先で5年分の会話を交わした。数時後に電話「話に夢中になってお土産を渡し忘れていました」


配達の楽しみ二番はラジオ。

NHK「すっぴん」とくに水曜日の能町みね子さんの大ファン。

その番組の前は「三宅民夫の真剣勝負」66歳ベテランの三宅さんは聴き応えがある。

きょうのテーマは豪雨災害。ダムや堤防建設の前にこれがある。


ダム建設には膨大な建設費用がかかる。河川の堤防工事も同じ。

ゲストの大学教授は、豪雨のとき落葉樹の保水能力とダムを比較された。興味深く聴いたのはダムに堆積する土砂によって本来の貯水能力は年々衰える。

農園は小野湖にそそぐ一級河川の厚東川そばに位置している。川の氾濫はあるかもわからない。


大学教授は専門用語で概説したのでリスナーはどれだけ理解できただろうか。

例えば、漢字は「立木」を先生は「りゅうぼく」と🔶ダムとりゅうぼくの関係は🔶と言えば「流木」とリスナーは解釈して番組の意図が迷走する。


あらためて日本語の難しさを感じた。


響灘です。題して「今はもう秋」

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朝の寒さがきびしくなりました

加奈ちゃんがFacebookに投稿した販売風景。その写真を申し訳ないが無断転載させてもらう。


長門市湯本温泉を活性化するグループが2週間前、NHKラジオでとりあげられた。大谷山荘副社長と建築家の木村という2名がインタビューに応じていた。

湯本温泉場の古民家などは有効利用できると木村さんが話される内容は、古いから駄目ではないと提唱されている鍵山先生と同じと聴いていた。

番組のなかで木村さんは、木曜日に配達をする下関市貴船町の金剛住器社長のご長男だとわかった。


車をとめて木村さんにメール「ご長男の活躍をラジオで聴きました」と。

偶然、木村さんも移動の車内で聴いたと返信があった。古民家ならば加奈ちゃんのお店 https://petitlabbakery.com/

今週金曜日に社長夫妻をご案内することになっている。


私がご案内したいのは大正時代の建築もあるけれど、加奈ちゃんがはつらつと働くようすもぜひ見ていただき、パンもたくさんお買い上げいただきたい。


火曜日は山口市内の配達。ほとんどが個人のお宅。配達の個数は少ないが軒数は多いということは効率がよくないと人は思うかもわからないが、たくさんのお宅をまわって少しでも会話をかわすこと。それが私の仕事の流儀。


小雨が時おり舞う火曜日。冬支度で一日を元気に終えた。

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よい国のバトンを渡さなければ

大河ドラマ、篤姫役の 宮崎あおいさんの衣装。

🔶朱地疋田に花柄格子金襴振袖打掛

読みは「しゅうじひったにはながらこうしきんらんふりそでうちかけ」


知覧にはじめて足を運び、鹿児島市内観光で薩摩の歴史にふれることができた。維新を懸命に生きた人たちは立場上は敵味方であっても、この国を諸外国から土足で踏みにじられない国の力を持つという願いは同じであったと私は理解している。


知覧から飛び立った学徒兵。大久保や西郷の足跡もその場に立って考えることができた。


「桜を見る会」が報道の首位をしめる国柄になってしまった情けない。その思いを一票で示したい。

 

ホテルの朝食バイキング。これだけ献立があるのかと驚いた。生野菜を日ごろはたくさん食べているが、豚軟骨の煮物や子持ちキビナゴの揚げ物など、酒があったら嬉しいものがズラリとあった。

3食とも日ごろは食べない食事。ベルトの穴が変わった。


今朝はいつもの納豆・生野菜と焼き魚・味噌汁と玄米ご

飯。バナナ少し。日常がもどったのでベルトの穴ももとに戻ると思う。

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鹿児島の旅をおえました

ホテル大浴場の朝風呂。献立がたくさんの朝食バイキングを済ませてチェックアウト。8時に鹿児島ICから帰路についた。


鹿児島県から熊本県。その県境の加久藤峠ループ橋と霧島連山を撮った。

20数年前、市町村議会会議録の仕事をしていた。当時の宮崎県は33市町村。その全部と仕事の契約を結ぶ目的の宮崎県通い。一番多い年は年間50泊、宮崎市内のビジネスホテルを利用した。別府から延岡を経由して宮崎市に入るルートには高速道路がなく、宇部市から宮崎市まで12時間を要した、大分県と宮崎県県境には宗太郎峠という冬場は凍結の難所。それに比べて、八代市までは高速道路が開通していたので加久藤峠から宮崎市に向かうことが多かった。


けれどもこの峠も冬場積雪はないがしっかり凍結した。当時はスパイクタイヤ全盛だったが、それでもここでは安全を期してタイヤチェーンをかけた。スリップ事故で通行止のときは麓の小林市の旅館で泊まったこともあった。


加久藤トンネル約6キロメートルを抜けると霧島連山のパノラマが「宮崎によう来た」と迎えてくれた。


鹿児島や宮崎を運転して訪れることは年齢的に今回が最後。加久藤峠ループ橋と霧島連山を撮った。


昨夜の夕食も愉しいひとときになった。

「かごっま屋台村」26軒のなか、串木野の魚がメインの店「ツナバル」となりのお客と肩がふれ合う狭さ。椅子は8人。それ以上の客は外のテーブルで毛布を膝にかける。

運良く店内に座れた。家内は生ビール、私はハイボール経由の芋焼酎。

向かって左奥には革ジャンパー、細身の美人一人旅は北海道。その隣は混浴温泉研究家の大柄な男。その隣は関東から親子で漁にきて水揚げが終わり親父は船で帰った。彼はこの店の魚料理ファンで今夜は飲みあかして飛行機で帰る。そして私夫婦。私の右は紺色スーツにネクタイの34歳お坊っちゃま。その右に地元ギャルがお二人。


その東京色白のお坊っちゃまが屋台の主人公になった「学会で来ました」と言うと「なに学会か」と混浴が言う「医学。ボクは小児科医です」と言うとギャルが「明日のご予定は」と瞳を輝かせて聞くと帰ると言うので「霧島神宮を案内しましょうか」と。酔って会計をしかかったお坊っちゃまが座りなおして「あご折りサバ刺身と焼酎をロック」と注文したのでギャルは大ウケ。

漁師が「性格変わったか」と声をかける。革ジャン美人はニコニコ会話を楽しみないがら「あらっ、このメニューの焼酎は全部飲んだ」とオーダーはハイボールになった。


鶏飯(けいはん)は徳之島や奄美大島の名物。ギャルは島の出身でその料理は得意。グラム89円の鶏皮を買って煮る。そのスープに味をつけて、煮た鶏皮をきざんで茶碗のご飯においてスープをかける。カウンター内の若いマスターが笑いながら聞いていた。


私たちは、マグロ盛り合わせ・カンパチ刺身・キビナゴ刺身・〆鯖炙りなどを食べて「肉はないかね」と聞くと刺身用の鶏があるというので「もも肉をレア焼きで」と頼んだらこれが絶品。


混浴愛好家が「本当に小児科医ですか、婦人科ではありませんか」「山口県は秋芳洞と瓦ソバを知っています」と言うと、美人が「北海道にはいい混浴がありますよ」など大宴会になってしまった。私ははめを外さなかった、外せなかったのは家内がおったから。


島出身のギャルはお坊っちゃま先生に手をふってお帰り。先生は明日の夢が逃げてカウンターにうなだれた。私がドクターヘリを呼ぼうかと言っても頭をあげなかった。

魚は最高にうまかった。焼酎もおまかせでたくさん飲んだ。

ひととき、知らない人と大騒ぎになった鹿児島の夜。この旅の思い出になった。


午後2時に農園ゴールイン。愛犬たちが大騒ぎしてむかえてくれた。


ゆきちゃん。きょうで8ヶ月。先ほどの体重測定12キログラム。とにかく元気に成長している。

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旅のメインは終わった

やっぱり3時前に目が覚める。日常とちがうことは鶏の鳴き声が聞こえない。犬がまくら元にいないこと。


今回の旅を計画のなかにタブレット操作の力をつけるという私の目的があった。Google地図機能をナビゲーションに使う。そのためにWi-Fiルーターを手に入れる。

重枝さんに指導をしていただきそれが全部できた。


ホテルに着いたとナビが案内を終わったとき、西陽が強くて周囲がよく見えなかったが、ハザードを点けて降りたところがホテル玄関前。部屋のWi-Fi接続もできた。それは、私にとっては大したことで、旅の目的のひとつが達成できたことになる。


金曜日から日曜日に私夫婦が農園の仕事をやらない。

留守をまもる長男(農園の社長)は、配達やたまごの仕分けに伝票整理など大変なことだと思う。けれども、この3日で、私夫婦が仕事ができなくなる将来を感じることだろう。それも旅の目的。


私の旅は「会話」昨夜の夕食は薩摩料理専門店など調べておいた。けれどもホテルフロントの男性に「旨い郷土料理が食べたい」と相談したら、小さい屋台が26軒集まっている「屋台村」を推薦してくれた。安くて旨くて楽しいの三拍子。そこに歩いて行った。

店先の兄ちゃんと料理の会話を重ねて鶏料理。刺身があるということでのれんをくぐった。元気のよい青年3人が狭い調理場で働きながら会話にベルトのかけてくれる。両脇のお客とも肩をあてながら楽しい会話。

知覧茶ハイボールなど、ここしか飲めないハイボールを「濃いめ」指定で4杯飲んだ。


今朝はしっかり厚着をして6時から1時間の天文館ウォーキング。ゴミ収集車がまだ到着していない街中はカラスの街。


9時前から観光バスの最前列で島津と西南戦争。そして桜島一周を楽しんだ。


今夜も「屋台村」でマグロとブリ料理の店に足を運ぼうと思っている。


写真は、城山から望む桜島。

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知覧護国神社、念願の参拝。

毎年11月。車で家内と2泊旅行が長年続いている。

今年は鹿児島市内ホテルをきょうから連泊予約。


農園出発の朝6時半の外気は今年はじめての0度。

シガーライターからの充電器を忘れた。小月IC入り口ゲートが開かないのは家内のETCが賞味期限切れ。


目指したのは知覧特攻平和会館と知覧護国神社。

遺書に遺品と遺影。丁寧に拝見すればまる一日以上はかかると思った。

観光地ではないので、この場所に思いのある人が来られていると感じた。

涙をふきながら歩みをすすめる若い人。たくさんの引出しの中から目当ての遺書を探しあて腰をおとしてくずれている年配の方。とても厳粛な空気のなか戦争と平和に2時間向き合った。


何年も通った沖縄遺骨収集奉仕。これで終えようと思った最後の糸満市摩文仁。金城サチ子と刻まれたセルロイドの三角定規と子供のご遺骨を収骨させていただいた。この遺骨は必ずご遺族のもとに帰りますと現地の方が言われた。

いつか平和の礎にお参りしたい。

 

明日は予約の観光バスで終日観光。焼酎試飲と島津家歴史に桜島。


写真は「えびのSA」から上にある加久藤峠のループ橋。20数年前、高速道路がまだ開通していないころ、冬場は必ずこの橋はタイヤチェーンをかけて走った。


きょうの走行距離500㎞。

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朝より昼間の気温がさがった

今朝の唐戸魚市場。時化ていたのか並ぶ魚が少なかった。場内を歩いて選んだのは「トラフクのアラ」ひと山1000円。唐揚げと鍋を今夜楽しんで、明朝は雑炊になると思う。


これからの買い物は「フク」になる。農園で素人フクのコース料理(刺身・唐揚げ・鍋に雑炊)たまに白子をつけて豪華にできる。ヒレ酒が楽しめる季節がやってきた。


酒と魚の季節到来は指のアカギレの季節。食器をお湯で洗うので両手の指はすでにザラザラになっている。きょうからハンドクリームを使いはじめた。


3時前に起きて5時半スタート。朝より昼間の気温が下がった木曜日。4時半に農園ゴールイン。

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水曜日、早朝からよく働けた☺️

ゆきちゃんのご縁。フルートちゃん友人のピアノ先生(彼女が、ゆきちゃんを保護されたお宅にレッスン。どなたか飼ってもらえませんかと発信した)そのピアノつながりの方はピアノはもちろんパソコンに精通されてFacebookで私と繋がった。ご自宅は海上自衛隊小月航空基地の近く。いつも練習機の爆音が聞こえている。


ご近所の人たちに農園たまごを紹介していただいた。きょうも100個をお届けした。


このブログも毎日読んでおられ、元の唐戸魚市場社長 松村御大はお父さんが鮮魚の仲買人、その道で知られた人で松村さんとは親交があったことも話題にのぼった。


先日、下関市美術館に松村御大の作品を観賞させてもらった。その2階で写真展もあったのでゆっくり観賞した。その作品のなかに100個の奥さまご主人の作品があったことを先日の配達で知った。


きょうその作品が玄関にあった。穏やかな渡嘉敷島の海辺で少年がサーフボードに立っている。雲間から黄金色の太陽が海を照らしていた。この作品は覚えていた。


撮るために高価なカメラやレンズを揃えて撮影現場に行く。まさに道楽の真骨頂。

私も以前は海釣り道楽がこうじて船舶4級免許をとり釣船を買った。今に思えば無駄遣いだった。 


で写真談義。私の素朴な質問「朝撮ったほうがよいと思うが」答えは「朝は風がない、昼間はいくらカメラを固定しても撮るものが動く」

なるぼど、私は脚立を使ったことはないがその使う理由がわかった。もうひとつ、できるだけ人物を入れて撮る。それがなかなか至難。了解をもらわないと盗撮になる。けれども遠くから撮ったり後ろ姿だったらよいかもわからない。

アドバイスをたくさん頂戴した。


上空を練習機が爆音を轟かせた。

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若葉マークの青年と気持ちのよい会話

昨夜のブログ。シシ肉の話題で「明日のホーム画面」と予告して忘れていた。

日曜日、解凍して食卓にあがったバラ肉450グラム。処理が良いので脂身が白い。放血処理がよくないと脂身が紫色になり臭いが残る。バラ肉かロース肉を猟師さんにお願いして、毎年秋から春まで楽しんでいる。

解体現場はきのう撮らせてもらった。オリは農園の写真。


今朝の糸賀社長談義。

きのう履いた靴下に穴があいていた。ではじまった。

ワシが子どものときはズボンや上着も擦りきれて穴があいた。それをお袋があて布をしてくれた。ワシだけではない友達も同じだった。


車の免許をとって走りまわったころ、5万キロ走ればエンジンのオーバーホール。再生タイヤをつけた。塗装もすぐに悪くなり全塗装していた。


あの時代があったから今があるとワシは思う。


私も汚れたズック靴は一晩洗剤につけてタワシで洗わされた。通学ズボンの股が裂けた翌日、裂けたところに靴下のゴムの部分が縫い込まれていた。伸縮性を母は考えた。

靴が窮屈になっても「買ってほしい」と言えなく無理して履いていた。


「桜を見る会」を野党が政権に問いただしている。たしかに騒ぐ理由は理解できる。けれども教育、経済、外交などを政権に問うことがなぜできないのか。野党は、災害復旧と政策議論をしてほしい。


軽四保冷コンテナで走りまわる牛乳配達。その車は若葉マーク。たまごの配達をしている者として気になっていた。

その車がとまっていたのでドライバーに声をかけた。

童顔の青年だった。朝8時に出勤して配達の準備。それが終わったらスタート。火曜日の配達は150軒で走行距離は120キロぐらい。疲れる仕事と思うがボクにはこの仕事だと思って頑張っています!とハツラツとこたえた。

私も配達が仕事で月に6千キロメートルぐらい県内を走っている。

頑張ろう!と別れた。

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今朝の朝焼け迫力があった

月曜日の朝は名水100選。弁天池の水を汲む。

水汲み場から曇天の空に新鮮な太陽が顔を出した。


池に近い場所から銃声が2発。猟期に入っている。この辺りはシカが多い。

美祢市内から厚保に向かう道路右側の草むらに、大きなシカが足を空にむけて倒れていた。車両た衝突したと思う。白い腹がきれいに見えた。

配達先のお宅は猟師。30キロぐらいのイノシシを解体していた「その先でシカが倒れていた」と言うと「それは、取りに行こう」と。


家内の妹が中国山地のど真ん中、広島県大朝に嫁いでいる。冬場は極寒の地になる。ここで営みを続けた人たちは神楽舞いを伝承している。以前、その神楽舞いを観賞に夜な夜な車を走らせた。

見栄えのよい現代神楽と伝承の神楽舞いが見られる午後9時。そのふた演目を観賞してとんぼ返りした。神楽は日の出まで続く。


その大朝から最高のイノシシ肉が年末に届く。今年は少し早く届いたので昨夜はすき焼き(明日のホーム画面)。


スズメバチの被害が多くスプレー式など殺してしまう製品が種類多く店頭にある。

ところがやっかい者スズメバチを駆除すると、害虫とよばれる畑や果樹に集まる虫を主食としているハチを殺すことになる。その結果は薬剤散布の量が多くなる。


ならばイノシシやシカを捕ることはどうなのか。

多様な生きものが生態系をつくりあげている。それはには「ガッテン!」けれども、私のまわりでは困るから捕ってもらうし食べる。


クマを殺すか、放すかの議論もある。


沖縄生活を長年された方と首里城を話した。

今は台風被害から被災された皆さんが立ち上がれる支援が最優先と思う。京都や奈良の文化財は防火設備がある。そるがなかった反省が問われてからの再建ではないかと。

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部屋と農園掃除の日曜日 散髪も

こんにちは☺️
こんにちは☺️

日曜日は部屋の掃除をとくに念入り。水曜日は配達のあとに必ず洗車(室内も)。

今朝の掃除は90分。小さい歯ブラシをおもに使い洗面所・トイレ・台所。


農園内の仕事が山積しているが、散髪だけは午前中に済ませておきたいので山口市内。


先日捕獲されたイノシシ2頭が2ヶ月ほど荒らした場所を整地するのがきょうの仕事。

農機具で掘ったように地面がデコボコになっている。しかも石が起きているので厄介。イノシシはミミズや植物の球根を夜中に捕食している。整地しても新たなイノシシが住み着いて同じことをやる。けれども、荒れた場所を放置してはおけない。掃除につうじるものを感じる。


「どんなときもWi-Fi」通信量をまったく気にとめないでネットが使える。SoftBank・docomo・KDDI三社の電波を選んで使うらしくまさに「どんなときも」で不自由はない。


ラジオの聞き逃しとGoogleでナビゲーションがおおいに役立っている。

昨夜はGoogle検索履歴を削除する方法がわかった。設定を3ヶ月経過で削除にした。Facebookもあれこれ操作してみると世界がひろがった。


今朝3時の外気は8度だった。いよいよ寒い季節がやってくる。

鶏を放すのはぼつぼつ終わりにしなければならない。渡り鳥が川面に多くなった。

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世間の動きに懸命についていく私

明日は毛利の殿様お膝元、萩市を挙げての時代祭り。

今朝、平安古(ひやこ)地区の風景。


ゆきちゃんの驚く才能を見つけた。夜、作業場で遊んでいるとき軍手を投げたらダッシュで取りに行って戻ってくる。そして私の前に軍手を放る。何回やっても間違いなく繰り返す。頭を撫でてやると目を細める。

ご褒美にドックフードをポケットに入れたら。そちらが気になり取りに行かない。誉めるだけでよい。


ラジオの交通情報でJR美祢線が全線不通という。原因は電車と鹿が衝突した。たしか先週は猪と衝突して不通になっていた。


長門市のお宅に配達。久しぶりに奥さま在宅。近くのコンビニでアルバイトをはじめた。コンビニ店員ぐらいとかるく受けたがコンビニで働くことは至難だと痛感している。

スマホ決済をはじめとしてペイペイなどさまざまな支払がある。そしてマルチコピーやコーヒー販売機のメンテナンスなど覚えることが山積している。


巷で「コンビニ人手不足」と言われるその一因かもわからない。少なくとも私には務まらないと思った。


私のタブレット指南役の重枝さん。きょうは鍵山記念館におられると知った。

午後から記念館に行った。先日NHKのラジオアプリについて、質問フォームから問い合わせたら問題解決できた。そのとき「アプリのキャッシュをクリアーしてください」ということも改善策にあった。それはできたが「キャッシュ」の意味がわからない。


Facebookの投稿をあとから読みたい場合の保存方法。


その2点を教えてもらった。


新聞誌上の通販で靴が目にとまった。バーコードから商品を確認したら金額が新聞よりもたかい。フリーダイヤルで問い合わせたらカタログ番号を聞かれた。そして、ネットでご覧の商品より安く広告している商品です。買うことにした。


農園に固定電話がないので決済はカードか代引き。財布からカードを取り出して4桁かける4ブロックの数字16を言うとオペレーターは私が認識できた。

私は「JCB」で郵便局で、Tポイントつきのヤフーカードです!と大声で言えなかった。


靴は木曜日に佐川急便で午前に届くとオペレーターが丁寧な口調で教えてくれた。


ネットとカードにスマホ。新しい環境にしり込みしない気合いが私のような高齢者には求められる。

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ユニクロ無人レジになって戸惑い

きのう6時すぎの関門海峡。

いつも夕方は農園に戻っているので、夕陽がおちる西側は山があり夕陽は見ることができないが、たまに感動する夕焼け空を見上げることがある。


前の仕事のとき、別府湾が眺めることができるホテルの展望大浴場から大きな朝日がのぼった。

その日、九州を横断しながら仕事をして長崎市内に向かうとき、高速道路のSAで東シナ海にしずむ、朝別府で感動した大きな夕陽を拝んだことがある。


昨夜、夕食はアジの刺し身とアジ丼。旨かったし酒もいつもより多くなった。

けれども運転で頭が冴えているのか寝付けない。夜中に何度も目が覚めたから眠りが浅かったのかもわからない。


ぼんやり起きた3時。この時間しかできない仕事は焼却。きのう採卵室で糞を受けた新聞紙が大量にある。夜露がしっかりおりているときに火柱をあげて燃やす。

昼間にやれば燃えた新聞紙が舞い上がりどこに降りるかわからない。この時間ならば絶対大丈夫、

しっかり着込んでヘッドライト。一輪車を使って新聞紙を運び火をつけた。


ゆきちゃんとハッピー小便させ終わったのが4時。

布団にもぐったが眠れる雰囲気ではない。実話にもとづいた映画の録画「遠すぎた橋」を一気に観た。

戦争をスクリーンで再現。ラストシーンは作品が訴えたい

ことが伝わった。


金曜日はゆったり。愛犬を別々に長距離散歩。今月の17日で生後8ヶ月、元気盛りのゆきちゃんを、私の左側で私の歩くように従わせる練習をしている。人が「上」とわからせておかないと、ゆきちゃんはとても野性的。一度だけ私に歯をむいて威嚇した。そのときは脱糞するほど鼻を叩いた。人を咬んだら終わりになる。

そのゆきちゃん。作業場に放したとき軍手を投げたらくわえて私に持ってくる。教えたわけではないが、それができる。

私がやってほしいことよりも、ゆきちゃんが自然に出来ること。そのゆきちゃんのそなわった力を伸ばすことが私の役割り。


金曜日の昼はドライカレー。けれども山口市内の用事が重なり外食。

ついでに湯田かんぽの宿に立ち寄り湯。ユニクロにも立ち寄って買い物。なんとレジが無人システムになっておりとまどったがなんとか支払いができた。

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神様が身近な生活こそがたいせつ

先週の金曜日。小郡駅近くの踏切側にあるローソンでコーヒーを買った。至近距離で警笛がなった。踏切に走ったら機関車が後退していた。


きのう午後に血圧通院を書いておこう。

下関市から宇部市内の病院に直行。3時前に起きて5時半に農園をスタートした。綾羅木や梶栗に長府に小月を走った。これで女医さんと向き合ったら180ぐらいまではあがるだろうと不安をかかえて診察室。

煙草の臭いがただようおっさん先生だった。134と70を血圧計は指した。

年増の看護婦さんが「足立さんは!」と背中をたたいた。


とても嬉しいことがあった。宝くじではない。

美祢市厚保のお届け「諏訪」さん。午後に配達に行ってばあちゃんと裏口で世間話はいつものコース。

お宅はどん詰まりでほそい坂道の上にある。話をしながら少し上を見たら祠があった「あの祠はなんかね」と聞いたら。諏訪大社の神様で何年かごとに長崎の諏訪神社からお参りがある。明日は年に二度の祭り日で、近くの神功皇后神社宮司がお仕えされる。

それで「諏訪さん」なのかとおおいにガッテン!


その話を「よしの」でしたら、出雲大社と諏訪大社のことを解説してくれた。


厚保には一畑薬師もある。熊野神社もある。疣神様や八百万の神様に日々の生活をお願いした。

そのような時代こそが人間らしいと思う。

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国民の権利と義務の意味がわかった

上の鯉はカメラ目線と思いませんか
上の鯉はカメラ目線と思いませんか

月曜日、大寧寺の宝石たちを撮った。上の写真、カメラ目線と思いませんか。黒の真鯉が真ん中で泳いでくれるのを待ったが無理だった。


台風19号。行政が設けた避難所に路上生活をしている人が3人避難したが断られた。その行政対応にネット上ではさまざまな意見があった。


私は神戸のとき浜山小学校避難所でお手伝いをして体験したのは外国人。ベトナムやフィリピンの若い人が大勢こられた。長田地域の製造業で働いていたと思った。長田地域はたくさん消失した。彼らの言葉はわからないが受け入れた。


今朝のNHKラジオ番組。

路上生活者は避難する権利を言うが、納税など義務を果たしていない。というネットの意見に対してどこかの大学教授が。


生きる「権利」と、生きようとする人を守る行政の「義務」が本来の意味であると解説された。それを聴いて溜飲がさがる思いがした。


路上生活者は不潔という書き込み。

神戸のとき長い断水だった。洗顔や歯磨きの水にも事欠いた。ましてトイレも。一ヶ月以上、冬とはいえ風呂に入れなかった。避難所の約千人は着替えもできなく臭かったと思う。

2月に2日ほど自宅に戻った。新幹線の4人掛けの椅子に私だけ。誰もそばに座らなかった。服は汚れて頭はボサボサでヒゲはのびていた。路上生活者の風体だったろう。駅に迎えにきた家内が「とにかく風呂に入って」が迎えの言葉だった。

災害のときは日常とはまったく異なる。


水曜日の下関市。クチコミでお客さまが増えている。鶏の数が足りない。

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昼間は小春日和

先週の土曜日に撮った。生後約一ヶ月の輝く瞳がとても印象的だった。


作業場で毎晩ゆきちゃんとたわむれる。昨夜はしきりと水を飲んでいた。30分遊び終わった9時にシッコをさせた。

今朝3時。目をあわせない理由はケージに敷いたタオルケットに漏らしていた。闘争本能はあってもまだ子供。


2頭イノシシが捕れて農園の夜は静かになった。


農園トイレの調子がよくない。ウォシュレットを使うと水漏れして敷物が濡れる。

住宅機器が専門の会社がお客さま。診ていただいたら水圧を下げたら急場はしのげることがわかった。原因の解決には便座交換になるが20年前だから。

とりあえず水圧をソフトモードで凌ぐことにした。


早朝は冬をおもわせる寒さ。昼間は小春日和の火曜日を元気におえた。

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極楽寺の毎月発信です

長門市野波瀬 極楽寺11月の掲示板。


「交通マナーを守りましょう」など、設置した側が「出した」という効き目のない掲示板が巷にはたくさんある。

極楽寺の掲示板は、ご住職が修行の毎日を過ごされるなかで、難しくない言葉で大切なことを教えてくださっていると思って何年も日記で公開している(ご住職にはメールでやりとりして了解済み)


月曜日は美祢市を早朝に配達。猟をされるお宅がある。

うどん「よしの」ダシを毎朝とる。頭と腹を取った煮干と鰹節など。煮干と鰹節はお持ち帰り無料で小分けして置いている。それが余ったら冷凍。

木曜日に凍った煮干などをもらって、月曜日の猟師さんに届ける。5頭の大型猟犬の胃袋におさまる。


年末、この猟師さんに「よいイノシシ肉をわけてください」とお願いしている。


今朝の立ち話「農園で夜イノシシが鳴く」と私が言うと。鳴き声があるのは相当な数がおる、それが縄張り争いで喧嘩をしていると鳴き声の解説をされた。


きのう120kgちかいイノシシがワナにかかった。仲間3人で山から出そうとしても無理。現場で解体して内臓を出したら少し軽くなったと話された。


家内の妹。広島県大朝という中国山地のど真ん中に嫁いでいる。主人は長距離ドライバーを定年退職してブドウ農家に転身した。そのかたわらで駆除の猟をしている。

ここからも「ええ肉を送る」とイノシシ肉が届く。2年前は「クマを食べるか」とブロック肉が届いた。

焼き肉と鍋で農園宴会で食べた。脂身が最高にうまかった。


今月から猟期になった。

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NHKの対応よさに驚いた

写真は今月1日早朝に撮った。今月最初のシャッターはイノシシ。2日前にも入ったが連続の捕獲。

捕獲のオリまで私の住みかから約200メートルの距離。作業場のゆきちゃんが朝から唸る。おりてみると鼻にシワをよせて唸っている。もしかしてとオリのちかくまで行くと、目見当で60kgぐらいのイノシシが私を睨みつけた。


続けて2頭捕獲されたが、昨夜もちかくで鳴き声をあげて山を移動している気配がわかる。

ゆきちゃん、先日の昼間に鎖が外れて走りまわった。もしイノシシに向かっていけば、鼻息は荒いが生まれて7ヶ月だから危険。今朝、丈夫な鎖を買い求めた。


配達の愛車オイル交換を防府トヨタで済ませた。今度の5000キロ交換は1ヶ月先になる。冬用タイヤの予約もした。


今朝5時過ぎ部屋の掃除をおえてテレビをつけた。Eテレ「こころの時代」にサヘル・ローズさんが出演されていた。


イランで生まれ、空爆で全滅した村でただ一人ガレキの下で生存した。幼い彼女を助け出した、当時の女子大学生ボランティアが彼女の養母になった。

養母の彼を頼って来日、狭い部屋で子供と3人の生活は破綻。母親と公園ホームレス生活を長く続けた。


その生い立ちを10数年前にNHKラジオ番組で彼女が語った。配達中だったが車を止めて聴いた。

地元の共産党県議も聴いており、番組が終わると同時にNHKに電話をして彼女の宇部講演を決めた。

今はたくさんの番組に出演の彼女。当時は駆け出しだった。議員は交通費実費と数万円のギャラでよんだ。会場は琴芝駅前の福祉センター。その催しを成功させたいと協力した。

 

再放送をさがしたらあった。

9日、午後1時からEテレで60分の再放送。録画予約をした。


NHKネットラジオアプリ「らじる・らじる」は生活の相棒。その機能「聞き逃しサービス」は1週間さかのぼって番組再生できる。

「すっぴん」水曜日の能町みね子さんファンの私は、水曜日の「すっぴん」を配達しながらではなく、寝酒で聴きたい。けれども視聴中に番組が切れる。

アプリの設定を詳細にみても番組が途中切れする理由がわからない。

どうせ親切な回答はなかろうと思いながら質問。タブレットでアプリを利用しているが「聞き逃しサービス」だけが不調。解決方法があればご指導お願いしますとメール送信した。


直後に「受け付けた」という返信。その1時間ぐらいあとの回答は二つ改善提案があった。

一つは、今のアプリを削除してもう一度更新する。

一つは、アプリのキャッシュを削除する。


これで改善できなければ、私のタブレット環境の詳細を尋ねますと添えられていた。日曜日のNHKが親切な対応に驚いた。


その二つをやったら問題点は解決した。

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くらちゃん4年の命日

農園ちかく、独り暮らしのおばあさんが緊急入院。3歳メスの柴犬「くらちゃん」が残された。

しんあい農園で世話してもらおうと近所で意見がまとまり農園に連れて来られた。当時、農園には3頭の愛犬がおり、私はSOS。山口市のお宅で「飼いましょう」と声をかけてもらえた。


引き取られて間もないころ、くらちゃんと新しい家族の写真が届き入院先のおばあさんに届けて喜ばれ、とても安心された。

10数年、くらちゃん可愛がられて4年前の11月2日他界し農園に埋葬した。

さきほどお世話をされた加津恵さんと杏子ちゃんがお線香をあげにこられた。


下関の地名「王喜」や「王司」が気になっていた。王喜の配達先で「王喜村誌」約1000ページをお借りした。今度は古墳から現在までの資料が「村史」ではなく「村誌」なのかが気になる。


だいたい冠の「王」がわかった。

海上自衛隊から広がる広大な干拓地が王喜地域。山口県では干拓地を開作と言った。この王喜開作が成就するまでに多くの犠牲者を出した。そこで鎮の神、竜神を祭り「王」として神事を仕えたが、それでも犠牲者が多くついに人柱をたてた(私の推測では罪人)それが惨いので、村の墓石を樋門の底に沈めたという記述があった。

遠浅の海を開作して農地をひろげなければ生活ができなかった歴史が読み取れた。


太平洋戦争。この地域から150人ちかい戦死者がありすべての方のお名前、戦死場所と年齢があった。陸軍四十二連隊は山口市。そこに召集された男たちはおもに南方。ニューギニアやサイパン島。ミッドウエイ海戦や硫黄島で戦死の記述。


小月飛行基地から本土防衛に飛び立ったことも克明な資料。小倉や下関爆撃に飛来したB29の高度は9000メートル。そこは気流も激しい極寒、低酸素の世界。機関銃が凍りついて撃てないから体当りしたことなど。そもそも、その高度に達することだけでも命がけだったことがわかった。


王喜村誌、日本の片隅の歴史から見えてくる日本の歴史があることを知った。小さい地球というキーワードから入れば世界を感じとれるヒントを得た一冊に出会えた。

快晴で11月がスタート

逆泳する一匹のふく
逆泳する一匹のふく

下関市芸術文化祭美術展(13回)。今年も松村御大の大作50号が展示された。今月10日まで開催中、私はきょうしか時間がとれないから午前中に行った。

作品は「逆泳する一匹のふく」この作品、構想から仕上がりまでにどれだけの時間を費やされたのかと作品の前で思った。


きのう貴美さん(奥さま)が写真展もよかったと言われたので2階にあがった。

今年催された松江市の祭りホウライエンヤをお二人が見事に撮っておられた。私のカメラでは撮れない、引き伸ばして焼けない。撮る視点とカメラのなせる技をじっくり観賞できた。

使っている小型カメラは、腰につけて軽いこと、Wi-Fiでタブレットに送信できる2つの利点で愛用している。たまに広角で撮りたい景色や素敵な夜景などのとき高機能一眼レフが使いこなせたらと思うときがある。

それは撮影目的で時間がとれるとき、いまは腰につけられる小型カメラの機能を精一杯でよいと思い返した。


農園に戻って昼食はドライカレーとノンアルコールビール。


ブログ「先月の写真」を部屋で更新した。30枚ちかい写真の削除と更新をするとかなりのGB数を消耗する。これまではコンビニWi-Fiをコーヒー代で一時間ちかく使っていたが「どこでもWi-Fi」が農園でサクサク使える。

更新を終えたのでご覧ください。


3時すぎに近場の温泉。

サウナでしっかり先月の疲れをながした。

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