3月 千秋楽

夜中に必ず愛犬がまくら元に来るようになった。マットを敷いておくと寝息をたてている。ストーブを使う夜は、豚軟骨とキャベツか白菜を煮ておく。朝は寒くて脂が固まっているので取り除く。朝は牛乳、夕方は煮物を多めのドッグフードにかけてやる。ストーブが無い時期は、割れたたまごを1個かけてやる。


稀勢の里、快挙を海外にもっと発信したいと、予算委員会で総理の発言があった。一方で、照ノ富士・琴奨菊の取り組みで、照ノ富士が変化して勝ち星をあげた一番で観客席から「モンゴル帰れ!」のブーイングがあがり、それはヘイト スピーチではないかと物議になった。

それを今朝、ある人と話題にしたら「大阪(土地柄)だから」と、これも立派なヘイト スピーチかもわからない。


水曜日は定休のレストラン卯。きのうは所定の場所にお届けだけさせていただき、今朝あらためて3月の集金に行った。9時でもスタッフが忙しく働いておられ、マネージャが封筒に用意してくださった現金を頂戴した。


宇部市内に戻り菊川画廊。10時の約束どおりに着いた。途中で買い求めたピンクの鉢植えをお嬢さんに手渡した。菊川さんとは神様を話題にできる。1時間たっぷり神様談義ができた。今朝も雨のなか1時間歩けたと、健康回復ぶりが嬉しかった。


持世寺温泉に立ち寄り農園に戻って昼寝。3月を無事に越えて母にかしわ手。

午後からクーラー使用

朝の関門海峡は浅い霧につつまれ春を感じた。日中はどんどん気温があがり、午後から初クーラー使用になった。冬景色が一気に春になった。


下関竹崎町の料理店が明日で閉店をむかえる。松村御大のご紹介で、木曜日の配達を長年させていただいた。明日で閉店ではあるが予約は満席でたまごは納品させていただき、お世話になった方々をまわりお礼を申し上げた。


一方、きょうからお届けが始まった彦島の美容院では、聞かれたので たまご物語。萩市からも新規購入のお電話があり、たまごの数はバランスを保った。


美祢「よしの」の奥さまから「ひもトレーニング」の問い合わせがあり、岡本拓也さんから「ひも本」を借りてお届けしたのは月曜日。きょうは夫妻で「ひも」を身につけておられた。奥さまは専用の「ひも」をネット購入。主は荷造りひもを肩や腹に巻いて「これは ええ」とご満悦。わたしも肩にたすき掛けして肩凝り解消の実感。

疑り深いわたしに比べ、よいと思うことは即実践の夫妻は効き目がはやい。


タブレットの辞書。検索ランキングを見るだけで世相がわかる。ラッセル・そんたく・あざとい・コンプライアンスの順だった。

晋作の湯 立ち寄り

最近「?」と思う言葉や文章がある。わたしだけかもわからないが。

病院で「患者さま」。母が施設でお世話になったとき「利用者さま」。薬局では「足立進さま」 患者さん・利用さん・足立さん それで失礼とは思わない。

この看板。ユーモアねらいかもわからないが、わたしは違和感がある。


小月・長府に新下関周辺の配達を済ませた。小月の住宅街で大きな鹿2頭が車の前に現れた。さいわい春休みで学童はいなかったが、通学路でもあり心配。


東行庵そばの「晋作の湯」に立ち寄った。500円で清潔な温泉が楽しめる。


農園に戻る前に 曹洞宗 瑞松庵お参り。今村さんのご縁で正志が配達をしている。立派な山門をくぐり広い境内を散策していると、奥さまとお会いした。お寺の歴史など聞かせていただいた。家内は数年前に今村夫人のご案内で講演を聴きに来ており、以来催しの案内が農園に届く。積極的に地域と交わるお寺の雰囲気を感じた。

朝から森 麻季リサイタル

通学路の看板が以前から気になっていた「変な人」「おかしな人」の定義がわたしには分からない。たぶんフレーズを考えた人のイメージにはそれがあるのだろうが。


BSで毎朝コンサート番組が1時間ある。今朝は、読谷村ホールで森 麻季さんだった。NHK「坂の上の雲」のテーマ曲Stand Alone の歌声は素晴らしかった。CDも買った。今朝は録画をしながら1時間、いつもの家事はやめて楽しんだ。


昨夜の落雷。愛犬はブルブル震えてまくら元に来た。つないでおこうかと思ったが、それもできないまま朝をむかえた。手がかかる犬になったが、それもかわいいと思えた。


火曜日は「糸賀談義」。明倫学舎で3000円で買われた萩藩資料にたくさんポストイットがあった。糸賀は鍋島藩から萩藩にうつり藩の要職に就いておられた。その証が資料にあった。その談義でコーヒーをいただいた。


午前のラジオは国会中継。楢崎弥之助という国会議院が昔いた。ロッキードやリクルート事件の解明では、数々の資料を出しながら問い出した「国会の爆弾男」の異名があった。あの迫力を彷彿させる議員がいない。総理と官房長官に押されて事実が明るみに出ない。わたしは事実が知りたい。

ツバメ を見た!

農園の川沿に植えた桜は、故人となったトヨタの佐伯工場長(岡本さんの仲間で掃除のメンバー)奥さまから葬儀のあと「役立てください」と現金を預かった。使いみちは桜並木にした。植樹の日に故人の長男が遺品を1本の桜のもとに埋めた。数年して、春になると黄色い花が群生するようになった。釣り人が多くなり、タイヤや靴で新芽が踏まれないよう今年も家内が「花が咲きます」と札を出した。


明日のホーム画面(更新は早朝)は、きょう撮った美祢市の犬「そら」と「ころ」を載せます。その「そら」ちゃん宅の軒下にツバメが来ていた。荒れた天候で、大谷山荘付近では雪が舞った。ツバメの姿に春到来を実感した。


ためしてガッテン! 血圧対策の動画を見た。タオルを握るだけで画期的に血圧改善になる。その発見は握力計を握ると血圧が下がるが、握力計は高価だからガッテン!チームが研究してタオルになった。それならば握力を鍛えるハンド グリップもよかろうと先週100円均の店で買い求め、運転中にわたしなりのグリップを続けている。まだ1週間だから効果はわからないが、それでも朝夕の数値がよくなっている。

アルミ缶回収

ずいぶん前からアルミ缶回収をしている。持ちかえり、軽トラ山盛りぐらいになったら、厚狭レインボー という福祉作業所に連絡して持ちかえってもらう。作業所で利用者のみなさんの潰す仕事になり、業者に売りそれが利用者の給料に加算される。

たまごのお客さまに、簡単に洗ってから出してくださいとお願いしている。飲み残しが入っていたり、異臭がしたり、虫が入っていると作業する人に失礼になる。

山口市内で積みきれなかったアルミ缶を回収した。


防府市のトヨタで冬タイヤから普通タイヤの交換。オイルも交換した。待ち時間に「日用討論」をみた。森友学園騒動は、籠池理事長の奇抜なキャラは認めるにしても、安倍首相や官房長官、当事者の昭恵夫人の態度は私には納得ができない。

都議会百条委員会での石原氏もそうであったが、日本男児を常日ごろから標榜される発言をする人とは思えない。

用地取得に関わる資料を破棄したと担当官僚の発言に驚いた。わたしは前の仕事(20年間)で2度も税務調査を経験した。例えば、昨年の出張で経費扱いにした私の出張報告に、裏付けとなる飲食店やタクシーの領収証が無いと否認され課税される。億単位の国家財産転売の裏付けを1年で廃棄すれば、それは犯罪と烙印を押されてもしかたがない。


選挙になれば消去法で(消極的な1票)投じているが、このままでは白票しかない。


湯田かんぽの宿 を楽しんで農園にもどった。

テレビ番組で考える

今朝、萩市から長門市に向かう国道沿いに自生して、寄りそうように咲いた水仙に目がとまって車をとめた。


昨夜のEテレ「人間ってなんだ」の録画を早朝みた。

番組テーマをわかりやすくするため「人工知能」と「人間」の比較があった。学習機能が発達中のAI。わたしは、答えがひとつならAIが人をこえるかもわからないが、例えば「掃除に学ぶ会」のように、掃除道具の並べ方に使い方から始まり便器に向き合う、すると心が整う、心が整うと家庭・地域や職場など世界が穏やかになる。これを提唱された鍵山先生の精神をAIは解析できるだろうか。


人には様々な欲がありゆえに失敗や挫折がある。それを乗りこえる力がある。相田みつを先生「人間だもの」は、頑張れよ!の言葉と思う。AIは、欲や失敗を乗りこえるだろうか。


番組でわたしが行き着いたことは、わたしが見るわたしより、他者から見たわたしが「わたし」なのではないか。


配達を昼までに終えて、午後から昼寝ざんまい。昨年11月から昼の飲酒はやめた。



世相おかしい と思う

今朝見つけた春ひとつ。


アメリカ・ロシアにアジアや中東などは別にして、国内報道は豊洲や国有地ディスカウント問題など、隠ぺいと虚偽の連続でうんざりしている。

身近なことでは宅配料金を秋ごろから値上げの問題。たまごの発送料金に影響があるが、流通商品の値上げは避けられないと思う。その原因はネット通販業界の台頭にあるらしい。配達料金は無料のシステムで通販会社は業績をあげ、そのツケは適正料金を払う利用者にしわ寄せする。

通販業界と運輸業界が解決すれば済む話しではないか。


国家の財源が乏しくなれば嗜好品増税と年金などのカットに政策は動く。よい国に向かっている実感はない。


朝10時に、この囲炉裏で陶芸作品を紹介した「こじま さん」を訪ねた。久しぶりに互いの近況を話してなごやかな時間を過ごした。散髪と持世寺温泉でさっぱりして農園にもどった。


囲炉裏の部屋リンクの 数楽の部屋。ブログが更新されました。

写真はタップで 拡大します

鳥インフルエンザは渡り鳥説。農園側の川にまだたくさんの鳥が群れている。鳥インフルエンザ報道もないので、先日から鶏を放している。


「囲炉裏の部屋」で使用している写真は、ホーム画面・ブログのどちらもタップされると鮮明に拡大されます。


Eテレで高齢者のスマホ番組がある。関心のあるテーマは録画している。先日は節電がテーマ、タブレット3年目でバッテリーが劣化しているのか消耗が気になるので見た。その結果、画面の明るさセーブとWi-Fiは環境のあるときにON。移動中は電源OFF。この3つをこまめにすることで、夜まで充電の必要がなくなった。


きのう下関の飛び地を配達しているので朝のスタートは7時。レストラン 卯 にお届けして、唐戸に入る前に赤間神宮参拝の時間的余裕ができた。


松村御大がめずらしくご自宅でくつろいでおられた。会話は短くてもお互いの近況は伝えあえる。お元気そうで安心した。


加奈ちゃん。きょうはパンのレッスンはお休みでも忙しそう。静岡県のある催事で「加奈ちゃんのパンを販売したい」と申し出があり、それで本気モードの顔だった。


最後は「よしの談義」で木曜日をゴールした。

水曜日は ゆっくり

防府市の草むらで7頭の子育て中に捕獲され、たくさんの苦労を経て農園にたどりつき9年。当初は骨と皮で7キロの体重が今は16キロ。寒さとカミナリが苦手になり、農園2階の下駄箱にマットを敷いて夜を過ごしているが、最近、夜中に私のまくら元に来ることがある。写真は、今朝の2時に来たのでマットを敷いてやった。推定年齢10歳。


木曜日の配達先が増えたので、小月・長府・新下関と安岡を水曜日に走ることにした。もともと水曜日は小野田市内を配達していたが、それは正志に任せた。

今朝6時の農園は濃い霧につつまれていた。そばに厚東川がある。朝霧がたつ場所はお茶の生産に向いているらしい。戦前この場所はお茶畑だったと聞いている。小月に7時のお客さまがあり、通学路に子供も歩いていないので安全に走ることができる。


住吉神社の配達は、まず参拝を済ませてから社務所に向かう、神職の方々とも顔見知りになっている。今朝は発見があった「武内宿祢命(たけうちすくねのみこと)お手植えの楠の木」驚異のパワースポットらしい。枯れ果てた大木がそれだった。ネット検索したら日本書紀の人物と知った。ホーム画面に後日載せます。


急ぐ配達はないから、コーヒー飲んだり、買い物したり。最後は「くすくすの湯」立ち寄り湯。

ありがたく 涙がこぼれた

龍安寺(りょうあんじ) 枯山水の石庭。しばらく座り、その有名なワケを知ろうとしたが私には無理だった。


先日の数楽の会「突然 そのことがわかる」その「突然」を昨夜体験した。

長女の主人(金光教 教師)は、早島教会の玉井先生を師と仰いでいる。それは、私が手がけた数々の玉井師の出版からと聞いた。私が「読め」と推薦したことはない。あの本が私を助けてくれましたと、奥付けの私の名前から手紙も何通もいただいたし、わざわざお礼に来てくれた人まである。それは、玉井師のご信神を活字で世に出した私の手腕ぐらいに思っていた。

晩酌をすませ風呂でくつろいでいたとき、その「突然」があった。出版した師の本は全部儲かった。全国の大勢の信者さんに元気を伝えた。それは、私の手腕ごときでは到底ありもしないことであり、神様を世にあらわす手伝いの、その些細な歯車に私がなっていた。20数年も経って道筋がはっきり見えた。すぐに風呂からあがり玉井師にそのことを電話で伝えた。話ながら涙がとまらなくなった。玉井師は「よう、そのことがわかった。そうなんじゃ」涙のわけは、後々までも残る出版に携わらせていただいた冥利だと思う。


山口市内のお客さまから、萩のワカメをたくさんいただいた。靖国神社の桜開花も告げられた。春到来。

めぐみの雨 到来

京都の孫 正美(4年) 大輝(2年)写っていない長女の美花は中学2年。早朝から狭い庭にたくさんの洗濯物が干されていた。私も3人の親ではあるが、子育てはすべて家内に任せて仕事ばかりしていた。家内も母の世話をしながら洗濯していたことが今ごろわかった。


京都駅から太秦まではJRと北野線。母の奥城参拝は嵐山本線。難解な駅名 西院(さい)・鹿王院(ろくおういん)・車折神社(くるまざき じんじゃ)・龍安寺(りょうあんじ)・帷子ノ辻(かたびらのつじ)などなど。母の墓地は「きぬかけの路」沿いの住吉山にある。私に京都は歩き難いがぼつぼつ覚えよう。


お彼岸の配達。日頃はお会いできない配達先の方と会える場面がたくさんあった。祭日の配達は楽しい。


乾燥注意報が続き、農園の井戸は水位が下リ、先日から川にポンプを据えて井戸の周りに散水を続けていた。やっと、先ほどから雨になった。今夜はしっかりお湯を使って農園温泉。

睡眠13時間の快挙

玉井師の趣味はスケッチ。最近の作品があった。たくさんの作品を拝見してきたが、すべて雲が描かれている「わしの親なんじゃ」と聞いたことがある。今回はその「親」は「神様」を言われているのではなかろうかと思った。


備前焼などコレクションの棚に鎮座しているワインのコルク栓。それも片方が焼かれたものを奥さまが手にとられ「覚えておられますか」と私に差し出された。

20年ぐらい前、わたしが尊敬している先生を紹介したいと掃除に学ぶ会の仲間に話したら6名が囲炉裏の部屋に集まった。先生の神信話を拝聴したあと持ち寄ったワインや酒をどんどん空けて、囲炉裏でワインのコルクを焼いて炭を顔に塗りたくり大宴会になった。あの夜の楽しい思い出をコルクに残されていた。


岡山経由の京都一泊の旅は、わたしには強行軍だった。昨夜は農園まで帰ったのは、疲れをしっかり癒したいからだった。昨夜は10時間。午前は給油や買いもので山口市内に出たが、午後から布団を出して3時間熟睡。

明日からの鋭気がもどった。

母の霊祭 太秦教会

太秦教会は、ご高齢の女性教会長がご健在。けれどもお務めはできない。後継者もないので照美さん家族が金光町から移り住むことになった。夫婦と子供三人それにおばあさん、6名がひとつ屋根の下で神様のご用をしている。いろいろな事情で照美さんは介護施設で働くようになり、介護福祉士の資格取得の勉強に励んでいる。


夕食を教会家族といただき、寝室で横になったが、そばを嵐山電鉄の踏み切りがあり、人通りの騒音で深夜まで眠れなかった。やはり農園の静寂がわたしにあった環境だと感じた。


朝、照美さんと二人で母が納骨されている教会奥城に電車で行った。お榊を供えお参りができた。そこで照美さんと別れ、北野天満宮・龍安寺・東映太秦映画村の3ヶ所をゆっくりめぐることができた。


これから教会ので霊祭りが仕えられ、お直会まで済ませて農園に戻る。

午後1時半。

岡山駅から京都行き車内

6時半に農園を出て新山口駅。新倉敷までの こだま は写真の流線型。


20年前には常連客だった駅前の焼き鳥屋「鳥田金」の趙さんと会うのが楽しみ。駅に近いお店とご自宅なのに車でお迎えいただいた。大将は73歳になられたらしいが、その歳には見えない元気ぶり。立派なご自宅で奥さまを交えて歓談。下関で民族楽器(カヤグム)奏者でご縁の深い呉 明美さん。彼女のご両親が韓国料理店「てじょん」を営んでおられ、お父さんが倉敷勤務時代に「鳥田金」の常連だった。こんど下関をご夫婦で案内することになるかもわからない。


岡山駅から宇野線「早島駅」下車。タクシーがおらず困っていたら、女性駅員さんが「タクシー呼びましょうか」と親切にしてくださった。タクシーで「玉井先生」と告げたら、金光教早島教会に着いた。

先生も奥さまも80歳をこえられたがお元気。囲炉裏の部屋で3時間もお話を聞かせていただいた。途中、南倉敷教会の美藤先生も偶然に参拝され、わたしがこれから生きていく指針をいただいた。


いま、岡山駅から「のぞみ」に乗車。今夜は金光教太秦教会(長女 照美さんがご用)に泊めていただく。馴れない人混みで多少疲れた。

木曜日は よしの

維新の長州を財で支えた勤王商人 白石正一郎の墓。詳しいことは知らないが、古川 薫先生の講演で、正一郎の日記にのなかに藩に貸した金額があちこちに書かれていたが、晩年にその金額を塗りつぶしていた。その歴史を動かした商人の墓にすればあまりに小さい。


木曜日の楽しみは「よしの」その墓の話でスタートしたら冷や水をかけられた。たぶん本物は別にあるのではないか。その根拠も話してくれた。

鍵山先生の著書を熟読されていた。自分の思いと重なるところが、鍵山先生の語り口であらわされており、自分では言葉にできなかったことが、この本で言葉になるように思った。

何度も読み返したいと話された。

もうひとつ。それが悪いとは言わないが神社仏閣の行事に寄付をされた方々の名前が、金額ランキングで刻まれることについて思うところを話し合った。


その会話はなんの足しにもならないが、話して、聞いての会話ジャブは後味がよい。


明日の夕方は母の霊祭に太秦教会に行く。祈るなら、農園でもよい。けれども、そのために時間とお金をととのえる、そこに意義がある。京都までに会わなければならない人が二人。

東行庵 散策

東行庵境内に 山県有朋 公像

昭和8年、遺徳を称える銅像が建てられたが、太平洋戦争の金属供出で姿を消した。平成27年に再建された。


落雷があったのだろう、深夜に愛犬がまくら元にきて横になった。歳もとったので甘えるようになった。早朝までの小雨が、農園を出る6時ごろには雪も混じった。


7時前の小月地域に始まり、長府から新下関界隈、安岡からふたたび小月の配達を済ませて10時前に配達を終えた。

明日も下関から長門まで走るが、以前はきょうの3時間も木曜日に含めていたから疲れがピークだった。


東行庵そばの「晋作の湯」に立ち寄り湯。広い施設ではないけれど清潔な感じがする。タオルは要る500円。

車を温泉に置いて東行庵。梅園にみちびかれて散策すると、晋作や白石正一郎の墓。はじめてお参りさせていただくご縁にめぐまれた。その墓石が小さいことが「らしさ」を語っているかのようだった。


今村さんが、留守中に小野田で刈り取ったワカメをたくさん農園にお届け下さっていた。

菊川画廊さんが観たいと言われたDVD。2枚は小野田寛郎 元少尉「極秘文書が語る日比外交」「生き抜く」どちらも90分。農園に戻ってきた「背筋がのびた」と一筆添えられていた。

きょうは数学 ラジオ

先週の ときわ公園は春めいていた。


40日の入院生活を終えて戻られたおばあさんに配達した。5キロ痩せたと言われ、目がくぼんでいた。気候のよい春にもなるし、しっかり食べて元気を取り戻しましょうと励ました。こんな会話も私の仕事。


午後から90分、ラジオ番組に数学者の秋山 仁さんが登場された。とかく学者の話しは眠たいけれど、秋山先生は軽妙な語り口で楽しく拝聴できた。

リズム・ハーモニー・メロディ、つまり音楽は数学で説明できる。腎臓結石を開腹せずに治療する破壊方法も数学で説明できる。きょうは3月14日、円周率を教える教師が「とにかく覚えておけ」で始めると、生徒は数学が苦手になる。先生は時計の文字盤のように円に12本のピンを立て、それを24本にして、さらに数を増やして円に近い線にすると理解ができるし面白い。


数学の達人になる4つの条件。 

靴を下駄箱に揃えて入れることができる。わからない言葉を辞書でひけることができる。料理を本を参考にしてつくることができる。最寄り駅から自宅までの略図が描ける。

これができる人は数学大丈夫。


家内の座りタコの深いところが化膿して先週切開した。足首が腫れ上がるまでよく我慢した。いまは快方にむかっている。歳を重ねると思わぬことで病院に行くことになる。

数楽が尾を引く月曜日

美祢市のあるお宅。老夫婦が田畑を営んでいる。雨の日以外は留守だけど、玄関の戸は施錠されていない。たまごを置きに土間に入ると、じいちゃんの作詞が掲げてある。以前「ふく音頭」をCDにされたが、販売する方法がなく製作費10万円で、ばあちゃんから叱られた。一枚預かり下関市長に届けたが売れなかった。年に数回、作品の展示がかわる。今回は「ひふみよ 修行音頭 作詞 たかとおる」四番まであり「広い」「深い」「水は」「世和の」その頭の文字をとり「ひふみよ音頭」過疎の山あいで、楽しく生きる術をあみだしておられる。


同志社大学の浜 矩子さんが朝のラジオ15分。経済学は、わたしにはわからないが書き留めた話があった。トランプ大統領の保護政策は自国の利益最優先。平たく言えば「わたしがよければ」になる。容易くはないが「あなたがよければ」の世界を求めなければ。


きのう数楽で、藤野先生がレッテル貼りの話をされた。例えば、誰かが足立という人間を知らない人に伝えるときレッテルを使う「足立は口先ばっかり」それで足立を伝えたことにはならない。酒飲み・スケベー・犬が好き など多面的である。それはガッテン!できた。ならば、伝える手段をどうすればよいのかを考えながら月曜日を終えた。


牧さんから電話「来月の10日からスリランカに行きませんか」と先ほど。

楽しい日曜になった

きのう夕方、Tさん家族が来てくれた。お嬢さんが幼い頃からのお付き合い。春から関西の大学に行くことになり「おじちゃんに挨拶」で来園。大きな夢に向かって親元を飛び立つ彼女にエールをおくった。


9時に上田さんを訪ねた。長いお付き合いだから会話が楽しい。私が好きな政治家の一人の名前を 大塚耕平と挙げたら上田さんもガッテン!最後はいつもと同じ互いの健康談義。


午後から数楽の会。岡 潔の情緒の世界を藤野先生が楽しく脱線しながら解説される。この会でわたしが普段では考えもしない視野を拡げていただき、Eテレで天文や物理の番組まで録画するようになった。知らないことを知る楽しさを導いていただいている。


参加者に、宇部掃除の代表 宮川さんがおられた。彼がお宝を持参してくれた。それは、わたしが1997年3月17日に山口県で最初に「宇部掃除に学ぶ会」を立ち上げて、東岐波小学校のトイレを拝借して有志6名で第一回を挙行した、わたしの案内状と、当日の写真。後日、佐々木校長からのお礼状などがまとめられたファイルだった。わたしの携帯電話番号は030378880懐かしい宝物。


囲炉裏の部屋大黒柱の重枝さんも数楽に参加。wifeアプリ「タウンwife」を教えてくださりダウンロードした。これでwifeの使える場所が格段に増えた。

6年目の3月11日

お昼前、県家畜試験場の横を通過。牧草が輝いていた。早朝、萩までの山間地域は氷点下5度だった。


被災地のお役にたつことをしたいとアンテナを張ったら、松原酒店が会津 國権酒造の酒を取り扱っていることに気がついた。清酒一升ビン2種類の案内をつくり、たまごのお客さまに酒で支援ができますと話して歩き、正確な数は忘れたが200本以上予約をいただき、松原さんに仕入れていただき、たまご便で配った。23年4月30日消印で、國権酒造の細井社長からお礼状を頂戴した。


一日で、世の中が変わる事って有るのですネ!

負けずに 頑張ります。


まだ仮設住宅が軒を並べ、帰還困難区域があるなか、復興への道のりは長かろう。被災地で生きる人を忘れてはならない。


1月11日に愛車が届き、きょう走行距離を見たら10600キロ走っていた。



菊川画廊 訪問

きょうから「喜多村 知 展(22日まで)」が始まった菊川画廊を訪れた。体調もよくなられ少し太り血色もよく安心した。1時間、彼が絵と向き合う姿勢、情緒の世界を聞かせていただき思ったこと。自分では意識していなかったが農園生活が楽しい理由は、例えば空を例にあげると、朝焼けに夕焼けの大迫力があり、そこには電線やビルはない。ネオンや車のライトが無いから星空は最高。夜明前からさまざまな鳥が賑やかになる。農園生活が嬉しい理由に気がついた。


画廊の前、久しぶりに常盤湖を70分かけて歩いた。鳥や魚に猫に与えるパンを持参した。餌を持っていると鳥や猫はわかるらしく寄ってくる。ハトやカモメは腕に乗ってくる。カラスも3メートルぐらい近くまでくる。春の陽射しをあびてよい運動になった。


来週の岡山立ち寄り京都。往復乗車券を買った。散髪も済ませた。いろいろ用事を済ませて農園に戻り、午後から農園内の仕事をマイペースで取り組んだ。

フルートちゃん宅 配達スタート

菊川のフルートちゃん(ながと まさよフルート教室主宰)のお宅に配達がはじまった。下関で掃除の会が始まった頃からの知り合い。

彼女が下関駅近くのホテルに勤務していたとき、下関掃除の大会があり知人を初参加させた。交流会で飲んだあと夜の街に繰り出し、あくる日の本番を忘れて酔いつぶれて彼女のホテル。早朝、二日酔いで掃除会場に行ったが彼は閉会まで来なかった。

あとで理由を知った。酔いつぶれた彼は夜中に腹具合が悪くなりトイレにたったが、酔って目標を誤り便器の外に。朝起きて、ほおかむりしてアウトしょうかと思ったが「フロントの女性は掃除仲間」と私の言葉を思い出して、それから2時間かけて孤独な掃除の会をやった。


望月さんが計画したフェリーを貸し切り、2時間の関門クルーズ宴会にT君とYさん(♀)と宇部組で参加した。200名ぐらいの参加者でビンゴ。わたしは1等の「ふく刺し」を獲得した。その券は鍵山先生に後日お届け。1等の祝杯をあげすぎて終電に間に合わず彼女のホテル。わたしは、ドアの側でトイレもベッドも使わず崩れて寝て朝を迎えた。翌朝、駅のうどんを食べたときのYさんは化粧なし。


下関市長選挙の投票が迫り、わたしの応援演説も配達先で力が入った。

下関から戻り 昼寝2時間

長門一宮 住吉神社。拝殿が国宝指定されている。

社務所の玄関左壁に、松村御大の油絵が掲げてある。以前にもこのブログで紹介した。その作品に作者と経歴などが添えられたので撮っていると鳴瀬宮司が執務室から出てこられた。明日のホーム画面でそれをご紹介。


今朝は寒かった。配達の準備や朝ごはん。愛犬の散歩まですませて6時に農園を出た。そのあと自宅から農園に到着した家内が言うには、すぐ近くの荒滝山(宇部市最高峰)は雪景色だったと。


小月・長府から新下関。安岡までの配達をした。かなりの配達件数があるが、この数を含めて木曜日の1回で走っていたから疲れるわけ。お昼に農園に戻り昼ごはんをいただき、明日の下関本番にそなえて2時間も昼寝した。


下関市長選挙戦が山場をむかえている。それを話題にしながら、私が応援している候補の推薦をしている。

村上棟梁の笑顔

先週の木曜日あたりから続く下痢。数年前も同じようなことがあり、もしものために下着を持って仕事をした。1週間も治らないと体重が減り気力がなくなった。農園地域に医院は無いので、夕方に美祢市の外科に行った。田舎は看板が外科でも診てくれる。聴診器を腹にあてたら「腸炎です」と診断され、たった1本の注射で治った。今回は、きのう買い求めた薬で下痢はおさまった。(教訓)何事もない毎日こそが、ありがたし。それを忘れておるぞ!の神様か母からのサインかもわからない。

 

朝6時過ぎ、下関から棟梁(大工の村上さん愛称)が軽トラに廃材を満載にして到着。農園では死んだ鶏を焼却する燃料を廃材に頼っている。棟梁は原場で出てくる廃材を、指定の施設に搬入したら料金がいる。今朝の廃材で約2万円になると言われた。


今朝も思った。棟梁の人柄は、例えば私が「右」と言うと「ああ右ですね」と笑顔で受けとめてから、笑顔で「左がええんじゃないですか」と言う。この話術は、相手を気持ちよく導く棟梁独特のワザだと常々、それが出来ない私は思っている。今朝も暗やみで笑顔を連発した。


リンク先の「数楽の会」ブログが更新されました。お楽しみください。



おかし な 工房

ばんだい さん手作り、ラム ケーキとラベンダー ケーキをいただいた。ラッピングには「おかし な 工房」と店名が書かれている。病院通いのご主人の世話をする ばんだいさんも病気の百貨店。けれども田舎で心豊かに過ごされている。明日のホーム画面でもご紹介します。


その ばんだいさん近くの集落で気にかけていたばあちゃん。たまご は要らんと数年前に断られたが、姿が見えたら話に行った。先日、倒れているばあちゃんが見つかり、いまは入院中らしい。じいちゃんは前から入院中。ばあちゃんが「わしが死んだら猫を頼まれてくれんか」と言われていた猫が野良になっているらしい。犬なら捕まえるが猫は自信がない。ご近所さんに捕まえたら引き受けると伝えた。


先週の中ごろから、昼ごはんあとに下痢になる。数回トイレに通うと出すものがなく落ち着く。数年前にも同じことがあり、1週間も治らず医者に行ったら、お腹に聴診器をあてて腸炎ですと、1本の注射でピタリと治まった。

薬の大型店に行った。酒を売っていた店員がタブレットで薬を探してくれた。ポイントカードがあるかと聞かれた。多少は高くても薬屋さんが頼りになりそう。

明治維新を満喫

萩市内を走る市営バスには「晋作くん」とか「松陰先生」の愛称が付けられていた。


宇部市内で鶏を9羽飼育されていた方が事情で飼育をやめる事になり、私を頼って相談を持ちかけられた。鶏の移動など家畜保健所の厳しい指導のもとではお力になれないが、なんとか解決したいと思い岡本拓也さんに打ち明けた。しばらく時間が経過したとき、彼が受け入れ先を見つけてくれた。

引き取りに早朝軽トラで行き、9時に朴の森で餌30キロを添えて引き渡し、私の役目を果たすことができた。


きのう萩市でオープンした 萩・明倫学舎。サブタイトルは「伝えたい物語がここにある」 旧萩藩校 明倫館跡。

記念行事として 萩市民大学教養講座「明治維新と萩藩」の演題で、逆説の日本史で知られている作家、井沢元彦さんの講演が萩市民館大ホール800人満席で開かれた。ネット受け付けで入ることができた。


講演前に萩・明倫学舎に足を運んだ。下足箱が足りないほどの盛況。無料の施設は土産品など、300円の入館料から先は、医学や学問に加えて天文から鉄砲から刀まで萩藩の実力が展示。なかでも、明治の工業化と長州ファイブの映像は、知らなかった多くのことがわかった!


講演の一貫した内容は朱子学は幕府の硬直化した価値観による近代化の阻止。商業、経済活動の蔑視。さらには大義名分という色眼鏡で異民族を軽視する近代史に及んだ。90分の講演に頭が冴えた。

川土手のゴミ拾い

各地から春の風物詩、シロウオ漁の便りが話題にのぼる。写真は昨年の萩市で撮った。今年は船から網を出す漁になった。


農園横の川はバス釣りの聖地らしい。特に夕方は土手に車が並びヒットする度に喚声があがる。皆勤賞のギャル2名もいる。ところが、彼らのマナーが悪く、吸い殻・レジ袋・空き缶に釣り糸などさまざま放置して帰る。毎朝、犬と歩きながらゴミ拾いが私の日課になる。


今朝も、釣り糸など拾いながら思った。前の仕事をしていたとき、唯一の趣味は海釣りだった。4級船舶免許をとり釣り船を10年ちかく持っていた。魚は持って帰ったがゴミを持って帰った覚えがない。つまりは、わたしも捨てる側にいた。そのうち若者たちも拾う側になるだろうと思うから「ゴミを捨てるなよ」とは言わない。


このホームページから「数楽の会」とは「朴の森」にリンクで行ける。リンクをクリックしたら、最寄りの数楽の会に行く。画面の上に緑色の横バーがあり、その左に三本バーがありクリックするとメニューが出ます。会のご案内などの中に「ブログ」があります。藤野先生が気ままに載せた内容にコメント(感想)を送ることができます。試しに木曜日の朝、コンビニでコーヒー飲みながらコメントしたら、先生からの返信があった。ご覧ください。

娘たちの春

下関市清末は水曜日の早朝に走る。魚屋の父を早く亡くした娘の政は母親を助け孝行した。明治のはじめに政は亡くなったが、その孝行ぶりを後世に伝えるため、地域の有志が孝行塚として残した。この塚の前は小学校通学路。


長女の照美さんの主人は、金光教太秦教会長。子供3人を育てるため老人施設にパート勤務をしている。少しでも収入の安定をもとめて介護福祉士の資格取得にむけて、家事の合間に勉強をはじめた。


次女の真砂恵さんは2人の子育て。ヤクルトの配達をしていたが、配達先の老人施設から調理師免許を持っているなら働かないかと誘っていただき来月から転職する。


それぞれの生活がよくなるように祈ることが親の役目。娘たちの春がやってくる。


なかなか布団から出ることができない。7時まで寝ていた。家内の車の冬タイヤを外しに山口市内に出て、温泉の森でさっぱりしてきた。農園のみなさん働いているのに温泉は心苦しいが、たまの完全OFFでリフレッシ。

活眼 活学 をいただいた

ブライダルのハラダヤに家内が昼前に配達に行ったとき、原田社長から私に包みを預かって帰った。開封したら安岡正篤「活眼 活学」だった。推薦のメッセージには、本文中の「天地はわが父母」は金光教の心に通じるように思います。しっかり読ませていただく。


彦島福浦はお昼前、大粒の雨のなかパトカーが止まり二人の警察官が白い雨具で検問。ご苦労さまの気持ちで警棒に従い止めた。ガラスを開けると雨が車内に降り込むから少し上げて免許証を差し出した。その行為が飲酒運転のサインだったのかもわからないが、雨が入ると拒む私に命令口調になり呼気まで調べられた。お互いに不愉快な場面になった。


新倉敷駅前の焼き鳥「鳥田金」の趙さんと電話がつながった。17日の朝、お店に行くから話そうと言うと「泊まればええんじゃ」と嬉しいお誘い。とにかく1時間のアポイントメントをとった。

終戦の8月、趙さんの母は倉敷水島の同胞を頼り単身大阪から汽車に乗った。切符は岡山駅までしか買えないから、岡山駅から約50キロ、水島まで炎天下を歩いた。そのあと趙さんは生まれた。オモニが他界してつい体験で趙さんは岡山駅から水島まで8月に歩いた。泣けてしかたがなかった。その話をカウンターで聞いた私も泣けた。

農園をはじめたとき、朝鮮の布団一式をお祝いに自家用車で奥さまと持参してくれた。再会がとても楽しみ。

気持ちがおさまった

きのう配達先で事務所で社長(お届けは社員さん)とバッタリあった。用件を聞かれたので答えたら「640円で、あなたは配達するのかね」と呆れた顔になった。

わたしの仕事に呆れるのはなんともない。仕事のプライドもある。けれども社長の640円を見下したような態度が心に刺さったままだった。


下関市住吉神社に今朝の配達。宮司に毎週20個(640円)をお届けしている。社務所玄関に2月の代金と一筆「いつもありがとう御座います。道中お気を付け下さいませ」と。

刺がはずれた。


18日は金光教太秦教会の霊祭。お祭りは午後から仕えられるが、前夜には教会に着いて泊めていただき、18日の早朝から金閣寺近くの奥城に、照美(長女)さんに案内してもらい参拝する。


17日は岡山市近くの教会に念願の参拝をする。電話で告げたら「そうか、待っておるからな」と声をはずませてお返事いただいた。師は80歳も過ぎておられる。囲炉裏の部屋で信神(師は信心とは言わない)話を拝聴。


もし都合があえば、新倉敷駅前の焼き鳥「鳥田金」に立ち寄り趙さんとも会いたいと思っている。