若宮神社参拝がかなった

水曜日、安岡から下関市内に戻りその後清末などを配達する。先週、安岡以降のお客さまに「来週は2時間遅れて配達します」と通知しておいた。


きょう、安岡を済ませて川棚駅を目指した。駅から海の方向に一本道。とにかく直進したら小さな漁港がある。その漁港を見おろす場所の若宮神社参拝が目的。

今月15日、松村御大の作品が奉納され、その様子がNHKテレビでも特集された。奉納の前にご自宅で奥さまから「完成です」と拝見させていただいた。写真は神様に奉納されてから参拝して撮ることにした。


来月3日から祭りがある。氏子さんが汗だくでご用奉仕をされていた。たくさん絵馬がかかっており、そのわけを聞いた。

この地域は450年ほどまえに誕生した。神社は安全と豊漁祈願として造営された。以来、節々に絵馬を地域で奉納する習わしになっている。

ご祭神を聞いたら「ようわからん」このゆるゆる感が日本人的で大好き。とにかく拝む。


立派な作品が奉納されて地域で喜んでいると言われた。後世に残る偉業を御大「ふく」で果たされた。


安岡と川棚のあいだに生後まもないゆきちゃん兄弟3頭を育ててくださったお宅がある。走りながら「ゆきちゃんお世話になりました」と感謝した。いつか、兄弟が顔をあわせる機会があれば嬉しい。


先日お国替えされた李陽雨さん(イ・ヤンウ)彼が家族で炭焼き生活をした鬼ケ城山も間近に眺めた。彼の歌声を聴きに通った。彼のご縁で呉明美さん(オ・ミョンミ)とご縁がうまれた、カモンFM木曜日のお昼前から申さんの番組で活躍している様子を聴いている。


8月20日(火曜日)山口県セミナーパーク「環境問題を科学的に考える」講師 サイエンス作家の竹内薫氏。藤野先生からお勧めでネット応募したらペアで当たった。

ロト6の当たりも間近になった。若宮神社参拝もした。

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山口市内は煮えていた

盆地の山口市内の配達だから、カメラは暑さをテーマにした。暑いというより、煮えているような火曜日だった。


ネットで沖縄タイム社、きょうの社説を読んだ。一部をそのまま載せる。


🔶 日韓対立の影響は沖縄だけでない。地方経済や自治体・民間交流にも広がっている。

 日本の地方空港と韓国を結ぶ航空路線が相次いで運休に追い込まれている。

 韓国南部・釜山市は日本と交流を中断することを決めた。実際に民間交流が中止される自治体も出てきた。

 韓国では日本製品排除運動も拡大している。🔶


韓国からの観光客キャンセルで沖縄経済に打撃があるという論調の社説だった。

はっきり、この社説は間違っていると思った。日韓、いまの局面は「なにが正しいか」を、すくなとも日本それを冷静に突きつけていると私は理解している。それは将来を担う日本人のためにも、今こそ決着をつけておかなければならない。観光経済よりそれは優先する。


20年ちかく配達している湯田のおばあさん。火曜日の9時過ぎ私が着くの庭の腰かけでいつも待っている。暑い、寒い、痛い、えらい(疲れる)、嫁の悪口、孫自慢を聞いている。

今朝は「飲みさん(飲みなさい)」と冷たい紅茶をグラスでサービス。熱湯でいれた紅茶を冷やしておいたんよ。聞き役も上手になった。


火曜日は宝くじ(ロト6)を1000円買う。ここ半年ぐらい1000円も当たらない。それは大当たりの前兆だと確信してきょうも買った。人生で一回当たったらよい。

できれば数年内にお願い申し上げます。

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昨夜は暴飲暴食

年に何度か焼き肉を食べに行く。きのう6時の予約で山口市内。

高齢者でもあり暴飲暴食は慎まなくてもできない。けれども外食で焼き肉のときは高血圧、尿酸値に肥満は問わずに食欲をみたすことにしている。永平寺の雲水も定期的にそれをやるらしい。魚や肉に酒を持ち込みガンガン楽しむ。翌朝、起床の「カチ」担当が寝過ごしたという暗黙のシナリオも伝統らしい。


焼肉店ではホルモン(小腸)しか私は食べない。味噌や塩味と細かい注文をつけてニンニクすりおろしもたっぷり頼む。

飲み物は濃いめのハイボール大ジョッキ2杯。〆は石焼ビビンバの辛さハイレベル。


若い頃は、ホルモンでワインや焼酎を飲んで、最後は白菜キムチとどんぶり飯にホルモン。それから本格的に夜の街。足がもつれるほど楽しんだ。あの元気はない。

今朝は目覚ましが3時に起床を告げた。


月曜日の配達は岡本拓也さん6時半からはじまった。先日、動物愛護団体から引き受けられたラブラドール1才と玄関。どんな事情があったにしても愛犬を手放す決断をした元の飼い主さんは別れがつらかったと思った。

岡本さんはラブラドールのレオと14年の生活があったから大型犬は慣れたもの。そのご縁に桂子ちゃんがあったらしい。岡本レオ君、あたらしい道をガッツだぜ!


配達先、お孫さんたちが遠方から帰省。この暑さのなかでなにして遊ばせるか、暑さと財布に相談中のお宅が何軒かあった。お孫さん6人を連れて回転寿司に行き「好きなものを腹一杯食べてええ」と見栄をきったが3万円以上の支払いに落ち込んだ方。

都会生活の若い奥さん、冷房のない実家で乳飲み子を抱えて大汗で奮闘。


とにかく暑い夏がやってきた。

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ゆっくり日曜日をすごした

きのう8時。就寝準備をしていたら萬代さんから「日記の更新がまだ」とメール着信。

夕方、日記を書いてブログ更新をしたと思っていた。実は書いてそのままだった。日中の疲れと高齢と飲酒の3拍子の結果。


9時半に防府トヨタでタイヤの交換。3月末に冬用タイヤから普通タイヤに交換した。このタイヤ、今月で25000キロメートル走ったのでスリップサインが出た。

今回のタイヤは11月末に冬用に履き替える。1年に3回タイヤを交換している。


きょうの写真は、さきほど撮ったゆきちゃん。まだ乳歯のまま。8月中頃で生後5ヶ月をむかえる。30日に避妊手術の予約を済ませている。

卵巣と子宮の摘出。日帰りでおわるらしいが心配。とくに朝食を抜いて病院に行くので食べ盛りにはつらいと思う。


最近落ち着いてきた実感が散歩でわかる。尖った乳歯でズボンを破ったりした。そこまでのことはなくなった。


午前はタイヤ、山口市内で給油と買い物。お昼に農園にもどりゆっくりできた。

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土曜日、元気に汗をかきました

コンビニでドリップコーヒーは毎日買う。多い日は三杯。立ち寄る店は土曜日以外は決めていない。

土曜日のコーヒー。萩警察署近くのローソンに6時半ごろ立ち寄り。

今は解決しているが、タブレットに保存した写真をプリントアウトを頼まれたときに立ち寄った。今はプリントアプリで簡単にできるが、5年前はSDカードをコピー機に挿入して、わたしにハードルが高かった。その操作を時間をかけて教えてくれた女性店員さん。大柄で笑顔がいいので常連客と楽しい接客をしている。先週は額に大きな湿布をしていたので「どうした」と声をかけたら「肩凝りがひどくて」だった。今朝は湿布はなかった。


農園隣接地は地主が不明の耕作放棄地。地主が管理を放棄した広い草むら。不明の放棄地は毎月一回、数時間かけてハンマーナイフというゴムキャタピラで相当繁った草むらでも砕氷船のように豪快にすすむ草刈機できれいにしている。

問題は地主が適当にしか草を刈らない広い面積。10年ちかく地主が不明かと思って私が草刈りをしていた。ある時から高齢夫婦が来てサツマイモなどを植えはじめた。

あなたがここの地主かと聞いたら頷いた。それまで放棄地にして草刈りは私がやっていた。そのことは言わずに芋の苗を植えていた。


その高齢地主は、草刈りを適当にやる。やらなければ私がやるが、たまに草刈りをしているので雑草地をいつも横目に見ている。夜中はイノシン社交場。


イノシンが荒らして石を掘り起こしているのでハンマーナイフはつかえないが、草刈機で刈っておかないと手がつけられないことになる。少し高価な草刈チップを一枚買った。

配達から戻り草刈に向かおうとしたら正志が「今朝から草刈していましたが、暑くて途中で投げ出しています。やる気はあるようです」と声をかけた。


日照りで農園の井戸が渇水のとき、川に汲み上げポンプを据えて井戸周辺に撒水して井戸の水位を確保する。その川までおりる道が竹や雑木でふさがれている。

やる気で草刈準備をしたので、このさい川までの道をつくることにした。

その長さは10数メートルであっても竹や雑木が生い茂っている。草刈機のエンジン回転をあげて竹と木など力任せに伐採。細かいところはカマで道をつくった。

時間にしたら90分。サウナ15分ぐらいの汗をかいた。


農園ちかく、ヒマワリが咲いています。

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金曜日も多忙だった

木曜日までの疲れをずっしり残して金曜日の目覚めは3時。せめて6時ぐらいまで眠れたらよいと思っても生活習慣。

ゆきちゃんも早朝から遊ぶ習慣は身についた。洗面が必要ないぐらい私の顔を長いあいだ舐めてくれる。暗闇散歩をすませてハッピーをおこす。作業場でゆきちゃんから挨拶の猛攻撃をうけて唸る。ゆきちゃんは反省する。


動物病院に愛犬2頭と、村上棟梁の愛犬「翔くん」3頭のノミ・ダニ駆除とフィラリア予防薬2種類を買いに行く。その場合は体重が薬の処方で必要になる。ハッピーと翔くんは15キログラム。ゆきちゃんは、私が抱いて体重計に乗って、そのあと私だけ乗って引き算。8キログラムだった。


8時に小郡の散髪。いつもは2週間、今回は3週間になった。洗髪担当はご年配。とても話好き。小郡の花火と宇部の花火のどっちが好きか。たまには東京見物するとよい高齢者は航空運賃の割引がある。これからどこに行くのかパチンコか。

洗髪してもらう立場で、うつむいた姿勢で返事ができるわけがない。


阿知須の動物病院。3頭1ヶ月分の薬を受け取りゆきちゃんの避妊手術を決めた。8月30日金曜日。朝食抜きで9時。卵巣と子宮摘出。夕方に迎えに行くことになった。

野良犬で出産したハッピー。ゆきちゃんも母親になってほしいが子供の世話が私にはできない。

その日、前後は豪華な食事でゆきちゃん激励したい。


小郡で散髪。阿知須で犬の薬。そのあと下関まで走って集金など。私の愛車は正志が周南市方面の配達に使っている。私は家内の車。梅雨のあいだ洗車していないので洗車に立ち寄り。


午後から細々した作業を炎天下でやった。シャワーでさっぱりして消費税法改正のたまご代をお客さまにお知らせする案内や、来週になった大島、みやた農園訪問のことなどすませた。


藤野先生お宅の郵便受けに、松村御大のビデオを広島のみっちゃんに日曜日届けてもらいたいので届けた。

先生の自宅ちかくの山から白い煙がたくさんあがりはじめた。山火事にしては、こんな山あいから出火するわけがわからない。農園に戻るとき地元の男性が畑におられたので「あの煙が心配です」とかけよって声をかけたら「炭焼きじゃ」と笑われた。


金曜日がおだやかにおわりありがたい。


写真は、おなじみ菊川町のきくちゃん大あくび。

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松村御大71歳の誕生日

きのう夕方、NHKローカル番組で15日に若宮神社(川棚)に絵馬ならぬ絵ふくを奉納された松村御大の特番があった。

Facebookや個人メール、配達の便や電話で私の知る限りの御大縁の方々にその番組を伝えていた。

録画しながら見ていると電話。前の会社社員さんの安川さんから、お嬢さんがこの秋にご結婚の電話かと思ったら「社長!テレビを今みてください。松村さんが、NHKですからね」とまくしたてた。

御大と萩の中学同級生、たまごのお客さま田村さんから「みんなに知らせた。緒方さんは東京だったか妹に録画を頼んだらしい。松村君、すごいね!」


地元の政界財界、トイレ掃除からスペシャルオリンピックス。酒でつながる面々の裾野は全国にはかりしれない。くわえてハガキ道の交流仲間。

そして「ふく(下関ではフグを幸福を招くフクと呼ぶ)」を全国ブランドにした立役者。

奥さま共々放映された。きょうは御大の誕生日!


老後をささえる年金。たしかに生活の安定はほしい。それを我々世代が大合唱しているような気持ちになる。

戦後、焦土と化した日本を復員した男や家族をまもった女たちが額に汗をながして日本を再建した。その必死の生活のなかで私は生まれた。


その大人たちが築いた経済繁栄を私は「バブル」という黄金時代で楽しく生きた。そして老後の生活をどう生きるかを考えている。


つまり、先人が切り開いた道を歩み、その終わりばかりが気になっている。身勝手。

年金より、これからの日本を生きていく世代のことに関心を持たなければならない。


投票率の低さを「よしの」で話題にした。それは、一面では有権者が現在の政治に満足しているとも。


一枚は。河村隆子さん三味線で唄う御大。

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元気いっぱい働いた水曜日

今朝4時。ゆきちゃんと外に出たらお客さまとバッタリ。


昨夜、8時ごろゆきちゃん寝る前の散歩をした。喜んでまとわりつくのはいつものこと、その歯が私の左手の指3本を切った。乳歯はとても鋭い。瞬間の痛みでゆきちゃんの顔を左手で叩いた。その手にも歯があたり切れた。両手から出血。ゆきちゃんは初めて叩かれたショックか脱糞。


両手に傷を負った。ゆきちゃんが嬉しくて口をあけて飛びついたから。私を噛もうとしたのではない。

ゆきちゃんは、ほめて育てようと思っていた私が脱糞するほど叩いてしまった後悔で眠れなくなった。

11時頃までゆきちゃんをを抱いた。あやまった。

今朝、ゆきちゃんはいつもの元気で甘えてくれた。


ハッピー。野良犬生活でヨレヨレの姿を見たので叱ったことや手をあげたことはない。10年の歳月で私の相棒になった。ゆきちゃんも大切に相棒に育てたい。


6時間、下関市を配達して農園に戻ったのがお昼。金曜日は散髪・犬の薬など予定がつまってきた。

日曜日は愛車のタイヤとオイル交換。下関市内の集金もある。


疲れているが草刈りは、きょうやらねばならないと腹を決めた。午後から3時間、帽子、作業服上下、下着までしぼれば汗がこぼれるほどやった。使ったものはすべて洗浄した。


40年ちかく寝込んだことがない。二日酔いでふぅふぅ言いながら仕事をした朝は数えきれないが。元気に働ける私に育ててくれた母に感謝の気持ちがおきた。

明日の木曜日。楽しみは早朝の唐戸魚市場。

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大雨洪水警報下の配達でした

5時すぎ、ゆきちゃんを橋まで歩かせようと外に出たら雲は重たい、身体を冷たい風がとおりすぎた。間違いなく大粒の雨前兆とわかったがすぐに戻るからと橋に向かった。橋までのあいだで排泄をしてくれた。

橋で折り返したとたん激しい雨がはじまった。走ってもどったが全身が風呂あがり状態。ゆきちゃんは走ったので大喜び。シャワーでさっぱりして着替えた。


7時前に農園を出てすぐに美祢市と山口市に大雨洪水警報が出た。私は山口市の配達。車に常備している雨具を着こんだ。

写真は9時の山口市内を流れるふしの川。この濁流が山間部から周防灘が育つ栄養を運んでいるのかもわからない。


知らない世界が少しわかり昨夜は嬉しかった。

Eテレ録画 日本の芸能「同時解説で丸わかり!歌舞伎の魅力(60分)」を観た。


旅に出る機会は少ないが、旅や散策を計画したとき、目的地で必ず観光ガイドさんを事前にお願いしておく。それができなかったときは団体客に紛れて案内に耳をかたむけるのが私の流儀。

4年前、臼杵石仏に行ったときは観光客が多くボランティアガイドさんが頼めなかった。団体客に家内と紛れ込み要所の解説を聴いて質問までした。コバンザメ観光。


京都の寺院や美術館。山口県立美術館でも音声をガイド借りて時間をかけて観賞するようにしている。

若いとき、リオデジャネイロのカーニバルやアマゾン。旧満州など旅をした。けれども、その背景、歴史を下調べせずに行ったことはいまでも後悔している。


つまり、漫然と見た、歩いたということは勿体ない。その意味で歌舞伎はどう理解してよいのか方法がわからなかった。一生無縁な日本の芸能と思っていた。


歌舞伎は音声ガイドのレンタルがあり、その演目ごとにナレーションをする方が番組主人公だった。ご自身も100ちかくの演目を演じられた。

なぜガイドか。例えば牛若丸と弁慶など子供は昔は歌でも知っていたが、現代は牛若丸や弁慶も解説をくわえないとわからない。外国人にとってはわけがわからない。そこでの音声ガイド。


役者がまさに命がけで演じている場面があることを知った。激しいバンバン!という叩くような効果音の意味もわかった。人情が演技に微妙に感じとれる役者の表情など歌舞伎のアウトラインが見えた。

機会があれば歌舞伎を観賞したいと思った。


美容室パッションの中井先生CD2枚を貸してくれた。その一枚は「来生たかおアルバム」まったく知らないが聴いてみた「マイ・ラグジュアリー・ナイト」若いときマッダコスモのコマーシャルテレビCM。神戸のような夜の街をすべるように走るローターリーコスモの助手席美人は宇佐美惠子。しばたはつみが歌っていた。

あの頃がよみがえり「宇佐美惠子」を検索したら、いまもモデル美人の現役だった。

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むし暑さの月曜日だった

<お知らせ>

松村御大、川棚の若宮神社に作品を先日奉納されました。その作品が、24日午後6時のNHKテレビニュースのあと「情報維新やまぐち」で紹介されます。


今月31日(水曜日)神社近くの安岡まで配達。少し足をのばして若宮神社参拝を予定しています。御大の「絵馬」ならぬ「絵ふく」を撮ってきます。


配達さきまで歩いていたらシマヘビが出た。そして私の前で撮ってもええよと止まった。ご覧くださいとても美しいと思われませんか。


8時半。美祢市プチラボベーカリーhttps://petitlabbakery.com/お届け。加奈ちゃんひとりアクセル全開で働いていた。もうひとりは二男の慶ちゃん。真っ黒に日焼けして、笑顔で白い歯が目立った。宿題に取り組んでいた。


「おいちゃん」と加奈ちゃん。8月の1ヶ月はお店を休んで子供たちと夏をしっかり楽しみたい。注文は自宅消費分しか頼めないのでごめんね。


どこに行くのか聞いたら「甲子園に高校野球観戦」去年、家族と行った。あの大歓声の熱狂に子供の野球熱が燃え上がった「海水浴」家族で浜辺を楽しみたい「映画」スパイダーマンは必ず行くことになっている。


加奈ちゃん。8月は仕事ではなく子供と過ごす。

そんなこと、昔の私には考えもつかない加奈ちゃんの子育て。8月、子育て時分の私はキスゴ釣りとビアガーデンだった。もちろん仕事もしっかりやった。稼いだ。家族のことは眼中になかった。


選挙投票率や社会問題、事件など。これからの日本を心配している。それは、家庭や家族より儲けや道楽に時間を費やした私が、あのバブル時代が「今の世相」をつくった。加奈ちゃんからそれを痛烈に感じた。


知らなかったことが多少なりとも「わかった」と思うときの嬉しさをこの年齢になって知った。

Eテレ 日本の芸能「同時解説で丸わかり!歌舞伎の魅力(60分)」の録画を今夜は観たい。

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サウナのような一日だった

きのうお昼前、配達から農園に戻ったとき大きなイノシシが道路を歩いていた。車をチラリと睨んで悠然と草むらに消えた。立派な牙があった。

夜行性で人を怖がるというイノシシ定説は通用しなくなった。


豪雨。農園の仕事は楽しいとは思えない。集めるたまご。バケツで運ぶ飼料を雨にあてたくない。身体は濡れても。


日曜日は掃除にしっかり時間をとる。きのうからの豪雨で湿度が多いなかで私の生活空間を徹底掃除。額から汗がこぼれた。

着替えて山口市内。給油やホームセンター買い物など。コンビニWi-FiでYouTube「子犬のしつけ」を何本か観て、なるぼど!と学習。

ゆきちゃんと楽しい老後を過ごしたい。これまでは我流で「しつけ」ていたが、今回は子犬からだから、正統派の「しつけ」を私が学んで実践したい。


若いとき、この時期にキャンプに行った。困難こそ醍醐味と思った。長沢の池、大村神社で野営したとき豪雨になった。当時の天気予報などあてにはならない。

池の水位があがりテントが浸かりはじめた深夜に目が覚めた。安物毛布の染色が衣服2枚を着色して帰りの電車で視線をあつめた。

三瓶山に行ったとき次女は1歳。転がしていたらブトに顔を猛烈に刺されて腫れ上がった。お盆、しかも山のなかで目があかないほど顔が腫れた真砂恵さん。

土肥病院(三瓶)を公衆電話で見つけた。事情を話したら「今、親類縁者が集まり焼き肉をやっている。酒はたくさん飲んでいるが、来てください治療は出来ますから」適切な処置をしていただき支払いは「事務がおらんから」と無料だった。


湿度がたかく汗がながれる。着替えをしながら、昔のようにキャンプを楽しむようなことは出来ないと思った。

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木酢液の殺菌力です

お見苦しい足の指で申し訳ありません。


10年ぐらい前から、左足親指がおそらく爪水虫になった。年月で縦半分が黒くなつて、そのうち爪全体が黒くなるだろうと心配していた。

木酢液(木炭を焼くとき木材から出る樹液)が爪水虫に効くと知った。炭焼きさんに頼んで少しもらって、100円ショップでケチャップなどを入れて先端の大きさはカットで決められるものを買った。1滴出るほどの穴から爪に原液を朝夕たらして2ヶ月。ほぼ治った。

木酢液は、殺菌と殺虫効果があることを体験できた。


重枝さんと桂子ちゃんに差し上げるDVDの準備ができた。重枝さんには20数メートルのビックウエーブに挑むサーファー番組。桂子ちゃんにはアジリティ世界大会。桂子ちゃんにはもう一枚追加ダビングを今夜することになった。


録画していた「民話やまぐち座」その内容に秋穂の兜山が紹介された。兜山は民話ではなく実話。その当事者も取材に応じていた。


当事者の植木屋さんが子供のとき、この山の山頂にあるお姫様の古墳、その石棺の蓋をあけるという学術的なことがあり興味があったので見に行った。

推定1500年前の石棺には真っ白な人骨がおさまっていた。石棺の内側は鮮やかな朱色だったが空気にふれてその色をみるみる失った。


それから約50年。古墳ブームでこの山頂を目指す人も増えた。道を整備しておこうと有志が20名集まりチェーンソーなどで木を倒して道をつけた。

その夜、ばあちゃんが「さっき白い衣をまとった女性が来た」と口をひらいた「小鳥の声が聞こえるようにしてほしい」と言うたが。

植木屋はさんは、それがあの白骨の姫様だと直感した。翌日、石棺近くの木々は「日陰があったほうがええ」と仲間の伐採をとめた。植木屋さんの話はここで終わり。


つまり、こういう体験談が語り継がれていく年月で民話になるのではなかろうか。それがこの番組の柱だと思った。

この番組も、秋穂ギャル?の桂子ちゃんに届けておこう。


磯村千代子先生は創作民話を数多く遺された。その出版のお手伝いをした。


国東半島の沖に姫島がある。

磯村先生の故郷、宇部市東岐波の海辺には古墳が多い。この古墳から矢じりの黒曜石が出た。この原石は快晴の日には望める姫島にある。


地元の漁協組合長は小学生当時の教え子で仲人もやった「姫島に連れて行ってくれ調べたいことがある」組合長は姫島漁協と連絡を取り合い、決めた朝に山口県の酒を積んだ、漁船と船団をくんで一路姫島。島の公民館では島の魚と漁師さんが待っていた。磯村先生は上座に祭りあげられたまま大宴会になったらしい。


その取材をもとに創作された民話「姫の島」東岐波の浜辺で「あの島には姫がおるげな」と男たちが舟を漕ぎ向かった。姫と黒曜石を持ち帰ったという。今では「拉致」と「略奪」の民話。民話や怪談。私は大好き。


京都の美花ちゃん吹奏楽部(サックス)甲子園で演奏したい夢がある。搭南高校はベスト8まで勝ち進んでいる。22日は平安高校と対戦とメールで知った。青春している。

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ゆっくり過ごした金曜日

山口市は火曜日。川浪さんの玄関は月替わり、今月はアサガオ。ご主人通院など気持ちが休まらないなかでも、玄関はご自分の作品で飾られる。


木曜日は疲れて農園に戻る。きのうは豪雨に遭ったのでいつもより疲れていた。家内が泊まってくれたので飲んで、食べて寝たのはおそらく8時前。

宇部市や山口県からの防災情報メールが何通もタブレットに届いていたが気がつかなかった。4時、ゴウゴウと音をたてる濁流で昨夜の豪雨を知った。

雨のなか6時前にゆきちゃんを連れ出した。はじめて目の当たりにした濁流と音に尻込みをした。


農園から一番近い選挙投票所は吉部ふれあいセンター。木曜日から日曜日まで投票所が開設。

ミーティングルームの狭い部屋に投票所関係者6人が暇をもて余しているかのような雰囲気。そこに足を踏み入れると全員の視線(12の瞳)が私に向いているいるように感じた。期日前投票の試練。鉛筆を持つ手が震えるようなことはなかった。部屋を出るとき「ご苦労様です」と言った。


わが家は、私夫婦でも一票について足並みをそろえることはない。ただし投票に行くようにとは言う。


ネットの報道「日本人お断り」の飲食店。沖縄諸島だったと思う。お断りの理由は日本人マナーの悪さを店主が具体的に書いていた。

「旅の恥は…」とか「お客様は神様」という店より客が、お金を払う立場なら少しのマナー違反も許される風潮に一石を投じた。

日本人マナーが良くなってほしいと常日ごろ思う場面はコンビニ。トイレの使い方や店員さんに接する客の態度。


大型ホームセンターの商品をゆっくり見るのが私の趣味。阿知須のホームセンターで1時間かけて仕事に使えそうな道具、衣類など手にとった。買ったのはドッグフードだけ。


午後から近くの温泉を楽しんだ。

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豪雨にうたれました

今朝、午前6時半の唐戸魚市場から海峡を撮った。

きのう時化ていたのか、わたしがひいきの店は休みだった。何度も市場をまわったが買いたい魚がなかった。出ようと歩いていたら「買わんかね」と愛想のよいおばちゃんんが呼びとめた。


いわゆる雑魚を手仕事で開いてならべていた。ヨソとオキアジのこまいのを丁寧に。手間賃で稼ぐ魚屋さんと思った。素通りのつもりが「ヨソはね、唐揚げでも天婦羅でも

」「オキアジは南蛮漬け。ヨソはミンチもあるよ」その三種類、山盛りでひとつ500円。

おばちゃんの手仕事に一票。ヨソとオキアジの開きを買った。

自宅は床波漁港に近い。前の仕事をしていたころは底引き網でとれた魚の競りで、雑魚という雑多な小魚を家内が買っていた。雑魚の旨いことは知っている。

来週から、おばちゃんの店も覗いてみたい。


家内の実家は「たつの市」娘が3人嫁に出て家が絶えた。実家は壊して整地。先祖の墓は地域の墓地。京都の西本願寺大谷廟に先祖のお骨をおさめて墓石も撤去した。

その大谷本廟に家内と長女と私と去年お参りした。目指す納骨マンションはエレベーターであがり、同行してくださる若い僧侶(一座供養5千円)がそこまで案内してくれお経をあげてチーンで終わった。私は先祖の供養ができたとは思えなかった。


きょうお届け先の浄土真宗お寺。ご住職に「あれが供養とは思えなかった」供養するカタチを教えてくださいとぶしつけに申し上げた。


その大谷廟で私の息子も修行している。と切り出されたので聞かなければよかったと思ったが遅い。

正式なお参りをは、四条西本願寺に参ってから大谷廟にお参りする。遺骨を拝むのではないからエレベーターでそこに行かなくても本堂でご先祖を拝んでもよい。

5千円払わなくてもそこには行くことはできるので、そこで拝まれてはどうですか。


今朝は8時ごろ、猛烈な雨にうたれた。雨具はバッチリだったが靴が。

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ゆきちゃん4ヶ月誕生日☺️

ゆきちゃん。川棚の山中で兄弟3頭と保護された日が3月17日。善意のリレーで4月28日に農園に来た。保護された日を誕生日としたので4ヶ月の誕生日(人間換算で5歳)を元気にむかえた。写真はFacebook投稿と同じもの。


響灘を望む下関市安岡まで配達。ゆきちゃんが保護されたのは川棚と聞いた。その川棚若宮神社に絵馬ならぬ「絵ふく」が15日に奉納された。後世に残る作品を手がけたのは、ふくの総大将 松村御大。

その奉納作品は先週ご自宅に配達にうかがったとき奥さまが「見てください」と居間にとおしてくれた。横長の大作だった。

安岡から川棚は遠くない。若宮神社を検索したら「車では行けない」とあった。配達と神社参拝して作品を撮ることを検討した結果は、31日にお参りをすることに決めた。


明日も下関市配達。韓国家庭料理の「てじょん」は9時前にお届け。ここがご実家の呉明美(お・みょんみ)さんとはおつきあいがながい。先日、お父様をなくされて「てじょん」は休業。

明日は、プチラボのパンを添えてお届けしようと美祢市を経由した。11時半のお店はお客さまで満員。退散してコンビニでコーヒー30分。それでもお客さまは多かったが明美さんお土産が買えた。


きのうセミナーパーク講演会を話題にした。そのブログに藤野先生からコメントをいただいた。来月20日、セミナーパーク講演会、竹内薫さん「環境問題を科学的に考える」に藤野先生は聴講応募された「内容がよいと思います」のコメントだった。

今朝、コメントに返信した「火曜日の午後聴講は配達でむつかしい」と。

火曜日の午後は山口市内を配達している。けれども、事前に配達時間を遅らせてもらうお願いしておけば無理ではない。

聴講200人に当選できるかどうかわからないがネットで応募をすませた。


6時前から走りはじめてお昼にゴールイン。午後から3時間草刈をやった。雨にうたれたほど汗をかいた。

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山口市内の配達をおわった

山口市内、中学校の事務室前に池がある。水草を撮ろうと構えたらシオカラトンボがとまった。ここで一句。


🔶血圧が 気になる人は 食べません


午後からラジオに北山修さんが登場。彼のリクエストは「姉と僕 あの素晴らしい愛をもう一度」ラジオから懐かしい曲が新鮮なカバー曲となって流れた。

あまりにも歌唱力がよかったのでYouTube「姉と僕」で検索して聴いた。


今朝5時。BSクラシック倶楽部は「アメリカ海兵隊バンド 日本公演」楽しみに待っていた。双方国歌を演奏して公演がはじまった。

太秦の美花ちゃんマーチングバンドでサックス。搭南高校野球部の応援を甲子園でやるのが夢。週末に家内が宅配するのでその中にダビングDVDを入れておきたい。


山口県セミナーパークから催しメールが届いた。そのなかで私が行くことができる講座がひとつあった。

9月8日午後1時半開講「今後の北朝鮮情勢と北東アジアの国際関係」講師は、東京国際大学教授 伊豆見 元。

テーマから内容がよくわからない。大学教授の講演はとかく退屈。前回の社会学者古市なんとか先生のときは時間の浪費のような気がして、先生には失礼かもわからないが講演中に席をたった。

テレビやラジオではなく、生の講演を聴けるチャンスは地方では見逃したくはない。聴講をネットで応募してみよう。


火曜日。早朝から元気に働いた。

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きのうをふりかえった

きのう海沿いを歩いたことはとてもよかった。

その理由のひとつは、海岸の風景を楽しむ目的が果たせなかった昨年の秋。それに再びチャレンジする気持ちになったこと。


トレッキングシューズがボロボロになっていた。履きはじめて3年ぐらい。山口駅から、東萩駅から、長門市駅から、下関駅からと本腰を入れて歩くときの相棒だった。

数日前、日曜日のウォーキングを決めて靴箱から出したら、磨耗した靴底がピンチになっていた。

土曜日、配達を済ませて山口市内で買い求めた。雨がふれば靴底に穴があるから。けれども相棒だから履いてやりたかった。

きのう早朝、リュックをさがしたけれど見つからない。自宅の家内に聞いたがわからない。

愛用の買い物袋に新品の靴と水などを入れて傘を手にして歩いた。格好はどうでもよい。靴は最後のおつとめをりっぱに果たしてくれた。


歩いたなかで生涯忘れることはない「音」を聴いた。

カーブミラーの向こうからゴウゴウと迫力満点の音が聴こえ出した。

ミラーを曲がったら入り江がひらけた。海はベタ凪でも打ち寄せた波が海岸の小石を動かす。その音が入江の全体でゴウゴウと鳴っていた。波と小石の演奏を私ひとりが味わう醍醐味はよかった(数年前、閉館せまった三十三間堂拝観も千体の仏像と私ひとり。あの時間を思い出した)


ゆきちゃんをむかえた。そのとき自分の寿命を考えた。その年齢になった私は、自分が納得できる毎日を大切に生きていきたい。きのう一日は満点だった。満点の毎日を目標に働き続けたい。

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ボリューム満点の日曜日

50キロメートルぐらい徒歩の旅を毎年やっている。

昨年は長門三隅駅から萩市玉江駅まで。その目的はぬけるような日本海の景色を眺めることだった。


糸賀社長は一度だけ乗用車でこのルートを走った。離合困難な道路だったが景色は抜群だった。


下関の酒井さん。萩から下関に向かう峠が凍結したとき、海沿いの道があると教えてもらって走った。対向車がきたらアウトの狭い道を走ったが海がきれいだった。


上田さん。子供のころ玉江の海でタコを捕っていた。ある男性は「彼女ができたら、いつもあの海に連れていった」


その景色がまったく見えないまま、三隅から飯井まではとてつもない大きな山を越えた。しかもイノシシ猟があり銃砲と猟犬の声が近くで聞こえたときは怖かった。飯井から三見までも山越え。三見からゴールの玉江までも山越え。海がなかった。歩いたけれど達成感のない疲れがのこった。


毎週土曜日のそう早朝に玉江駅前を通過するとき「大型車通行不可」の看板が細い路地にある。あの道を歩いたら三見まで海が見えると確信していた。


ジリジリ照りつけるより小雨ぐらいがよい。7時半に玉江駅に車をとめて三見駅を目指した。


歩くときの準備は、足の爪を整えて靴下は重ね履き。履き慣れた靴と雨具を持った。私が萩市で一番好きな風景は玉江のお寺。歩きはじめてすぐにお寺の下に着いた。観音院というお寺だった。お参りができた。

玉江を過ぎると右手に噂の日本海。三見までの2時間の半分は海が楽しめる。残りの半分は狭い道路に苔がはえている秘境ルート。玉江から三見まで一台の車、一人の人とも会うことはなかった。

三見駅から玉江駅までひと区間190円で戻った。


秋晴れの時期、この日本海堪能コースをご案内します。ご希望の方は挙手してください。


写真から伝わりませんが、日本海は波の音と石の音が聞こえます。私の拳ぐらいの石が波で音を出していました。それが海岸全体から聞こえるので驚きました。


今朝、窓から外をながめてがっかりした。昨夜、農園全体にイノシシバリアとしてめぐらしている漁網からイノシシが入り敷地内で大暴れして地面を掘り返していた。

半年で30頭近くも捕獲したがまだまだ攻めてくる。どこから入ったかを確認に歩いたら一ヵ所「ここ」という場所があった。

きょうのうちに対策を施しておかねばならない。掘り返された場所はユンボで平らに整地したほうがよい。仕事が増えた。


萩市まで走る愛車から異音が聞こえる。明日から配達の要として活躍してもらいたい。防府トヨタの岡本さんに「1時までには行きます」と電話をした。

問題箇所は、またしてもネズミがホースを噛り、アクセルをゆるめるたびにヒューヒューと音を出していた。ネズミ対策のテープを整備の方が巻いてくださった。


きょう一番驚きの出来事は、柱時計が一時間も電池切れで遅れていたこと。外の明るさと時計の時間を比べたらあきらかにちがう。時計よりも自分の感覚が正しかったことに驚いた。

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オーイ!貴美さんヨーォ!

今朝の配達準備は萩市・長門市・美祢市に山口市。車に載せてから私の朝食準備。次は犬2頭の朝食と散歩。今朝は雨だったので排泄だけ。それから私の朝食。食器や台所、部屋の掃除を済ませて6時前。犬に見送られて農園をスタート。


強い日射しより小雨ぐらいのほうが撮った写真がきれいな気がする。先週撮った、萩市スーパーマーケットアトラス近くの蓮を撮りに立ち寄った。

スマホや大きなカメラなど、みなさん今が盛りの花を撮りに来ておられた。来週はどうだろうかと思った。


浜崎から堀内に向かうとき「寺町」を通過する。何年も多くのお寺の前を素通りしていた。今朝は少し時間に余裕があったので歩いてみた。山門をくぐると歴史の重さが目にとびこんできた。

古いお寺ばかりの通りと思っていたが、これから時間をかけてそれぞれ由緒を勉強させてもらおうと思った。


長門市野波瀬に配達先がある。ご主人は養殖場のような規模でメダカを趣味にしておられる。売るわけでもなく、品評会に出すわけでもなく、その愛らしさに惚れ込んで世話をされる。

孵化して数日という、私の老眼では見えにくい稚魚がウジャウジャ。稚魚は多くの容器にわけられていた。これだけの稚魚を育てる理由を聞いたら「メダカの寿命は一年半」次を育てないと全滅する。


(^-^)/松村貴美さんオーイ!玄関のメダカが死ぬのは飼育に問題はないのですよー!


松村御大の奥様が、玄関のメダカが長生きしないと嘆いておられたことを思いだした。


松村御大。来週の月曜日に川棚若宮神社に油絵を奉納される。午前10時から祭典。その大作(当然ふく)を11日にご自宅で拝見した。撮るのは奉納が終わった作品。月曜日は配達があるので参拝は叶わないが、あらためて撮りに参拝します。迫力満点ですよ。


野波瀬のあとは長門市内を走り、8時半から荷受けの大谷山荘。その前に小雨の大寧寺を散策した。昨年の秋に弾けるような真っ赤な紅葉が撮れた。その紅葉を確かめに行った。新緑が弾けていた。


プチラボベーカリー。月曜日は祝日でお休み。そのお届けはどうしたらよいかお店を訪ねて加奈ちゃんに聞いた。

開店してとにかく多忙な彼女に電話やメールは手をとめることになる。それを会話のなかでわかっていたから美祢市をまわった。

9時半ごろ、スタッフ全員が動きまわっていた。加奈ちゃん手をとめることなく「あっ!自宅にお願いします」

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ちぐはぐだった金曜日

他人からみると、それほどの意味がないことを「そこまでやるか」と思われるかもわからない。本日の出来事3弾。


第1弾。

洗濯機を使ってみようと常々思っていた。食べること、掃除は自立しているが洗濯はやったことがない。農園に旧式洗濯機があり作業で使うものを定期的に洗っている。

それで洗うと乾燥はお日さまになる。いろいろ面倒なので家内に頼んでいた。


知らないことは知ったほうがよい。

水曜日と木曜日の洗濯物をもってランドリーに行った。洗濯から乾燥までのコースがあり、洗うものが一番少ない4キログラムコースは800円。時間は40分で完了すると書かれていた。待ち時間は近くのコンビニでコーヒー。


時間になったらホカホカの洗濯物を手にすることができた。嬉しかった。


「そこまでやるか」の第2弾。

8月2日。大島のみやた農園見学ツアー2回目を催す。下関から松村御大が奥様の7人乗りに女性2名を乗せて来られる。山口市内の女性と私がそれに便乗する。私の車を乗り捨てて便乗する場所を考えたら「山口南IC」に数台は置けるので確認に行った。その場所は入り口の反対側にあり横断してトイレに行ったことは20年前あった。

ICに着いて車線横断して駐車場に入ろうとしたら今は横断できない構造に変わっていた。バックもUターンも不可能で料金所に前進するより選択肢はなかった。

一番最寄りの小郡ICまでひと区間をむなしく高速運転した。結局、集合場所は「朴の森」で一件落着。


第3弾もあった。

Facebookで仲間たちが不在者投票に行ったとアップしていたので「よし!」と農園近くの吉部ふれあいセンターに行った。一階をぐるりと回ったが投票所がない。職員さんに聞いたら「この地域は来週の木曜日から投票所が開設です」肩を落として農園に戻った。


写真は、きのう夕食合図の「よし!」を身体を震わせて一心に待つ愛犬。

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唐戸魚市場は閑古鳥だった

美祢市。午後から配達しているとシマヘビが目の前を悠然たとクネクネした。腰からカメラを取り出したら動きを止めた。

マムシは殺す。その他のヘビとは仲良くやっている。とくに大きなアオダイショウが農園内をクネクネしていると頼もしく思う。彼らの存在でネズミが退散する。


写真はシマヘビ。アオダイショウを掴むと臭いがシマヘビに臭いはない。なぜ掴むか?たまに鶏舎に入り鶏が大騒ぎになる。軍手をして掴んで草むらにお帰りいただく。


今朝6時半。唐戸魚市場は閑散としていた。きのう時化たので新魚の種類と数がとても少なかった。ひいきにしている店は閉めていた。

先日、カマスの開き「脂がのって旨い!」と声をかけられ、開いてあるから家内も手間が省けると買った。それが期待外れ、おお外れだった。

その店でこれから買わなければよい。この経験で学んだことは、わざわざ開いてまで並べている理由は、もしかすると鮮魚ではない可能性がある。


今朝もすぐに焼ける、揚げられる魚があった。ということは刺身にはならないということ。今朝は買わなかった。


彦島は村上棟梁(お掃除仲間)お宅にお届け。彼が禁煙宣言をFacebookでしているので奥さまに「禁煙続いていますか」を話題にした。どうやら本気で継続しているらしい。

私は禁煙10数年になる。これから煙をくゆらすことはないと思う。

禁煙を何度も決意して挫折を繰り返した。その自己嫌悪のなかで「いつかは禁煙する」という気持ちが高まった。挫折こそが達成につながる。棟梁がんばれ。

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早とちりする私にうんざり

「猫背」という言葉が理解できた。


先入観は会話を混乱させる。新規のお客さまから電話を受けた「長府の安養寺です」それは地名であったが、私の頭のなかは知っている限りのお寺映像が展開していた。幼稚園がありますか。大きな銀杏がありますか。門前に薬屋さんがありますか。ついに「ご住所を教えてください」と白旗をあげたとき、安養寺はお寺ではなく地域をあらわす地名だとわかった。


耳だけではなく、私は目の先入観もある。メールや手紙などを手早く読んで発信者が言いたいことを、文面からではなく推察する癖がなおらない。あの人ならこう言うだろう。の先入観。


これが運転中に起きたら笑い話で終わらない「だろう」と自分勝手な推測は禁物。


8月2日の大島、みやた農園見学ツアー。プランナーとして人数と車の大きさなど考える毎日。私が運転する家内の車は普通車ではあるが小さい。タイヤもすり減っている。タイヤの交換はその前に予約を済ませていた。

先ほど松村御大から「2日は行く。車は心配せんでよい」奥さま(貴美さん)の愛車は7人乗り。下関市から参加の女性お二人の送迎も御大にお願いさせてもらった。

もう一台は井上さん。人数など週末には確認させてもらって宮田さんと食事など細かい打ち合わせをしよう。


下関市配達の帰り道に少し遠回りで加奈ちゃんパン屋さん立ち寄り。予約していたパンは明日の下関市お客さま用。農園お楽しみパンを数個トレーにのせて行列のレジ待ち。店内でランチしている人も多く、美祢市の繁盛店は「よしの」と「プチラボベーカリー」か(笑い)☺️

明日は午後から「たまご屋のおいちゃん」として配達にまいります。


於福温泉に行ったら定休だった。金曜日に湯田温泉。

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みやた農園訪問計画 順調

火曜日、7時過ぎにかお届けは「あやのちゃん」お宅。写真の上は今朝。左下は昨年の8月、結斗ちゃん誕生(お母さんは加奈ちゃんのファン。偶然に加奈ちゃんの次男と同じ命名)右下は、私が見つけた「あやのちゃん」そっくり看板(菊川町)撮ってお母さんに届けたら、この表情はあやちゃんそっくりで驚いたとお返事をいただいた。

毎日、たくさんの人と会話を交わしながらの配達は楽しい。


糸賀社長が私を待っていた。つい最近読まれた保阪正康「昭和の怪物 七つの顔」講談社新書 石原莞爾・東条英機・瀬島龍三・犬養毅など昭和を暗躍した人物像、吉田茂も群像のなかにあった。

私が読み終えたら感想を交わそうと渡された。いつの時代も歴史は裏舞台。昨今の世界情勢も半世紀も経てば「そうだったのか」と日の目を見るのかもわからない。


来月2日。大島のみやた農園を訪問する計画をたてている。藤野先生ご案内で6月2日、8名で農園を訪れる仲間に加えてもらった。

宮田さんは、私の農園近くの山中で野菜、米と採卵養鶏を営んでおられた。私とちがい農業を鹿児島大学で学び、青年海外協力隊としてセネガルに赴かれた。

ある夜「獺祭が手にはいった」と寝込みを襲われた。アフリカの歌や躍りを延々と彼は愉快にやった。


台風で家屋など生活の基盤を失って彼は去った。たいしたお別れをしなかったことが悔やまれる。その台風で農園も鶏舎の屋根がすべて剥がれた。木々が倒れた。そのなかで配達を続ける困難。それでお別れができなかった。


先月、大島で真っ黒に日焼けした彼に言葉がなかった。しっかり手を握った。

台風のあと食べるために農業高校教員をされたが、やっぱり理想の農業をやりたいと大島で開墾をはじめた。

たくさん作って儲けることではなく、彼の理想とする農業を愚直にやり続けている現場を奥さまの案内で見た。開墾という夫婦の力を見た。


来月2日。みやた農園ツアーは私で出来る応援。

何人か関心のある人をご案内できる。

http://nonoha.shop-pro.jp/

ぜひご覧ください。

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「雑草」なのかと思った

深夜、まくら元で寝ているハッピーが吐き気をもよおす気配で目がさめた。農園に来て11年、その前がわからない高齢犬。多くの困難を乗り越えて生き抜いた。これから様々な体調の変化があると思っている。

小雨の外に出て吐き気がおさまるまでつきあった。まくら元から私の顔をしこたま舐めた。言葉ではなく通じるものがあると思った。


小雨の朝。ブログのホーム画面更新を忘れて配達の準備におわれていた。


月曜日の朝は岡本さん配達のあと小郡のローソンで150円ブラックコーヒーを注文してWi-Fiに接続。ゆっくりニュースを読む7時前。

日韓の摩擦で訪日韓国人観光客が減るという記事。訪韓14回で釜山などに知り合いがいる私にこの問題は悩ましい。そのうえで外国人観光客の多さにうんざりしている。経済効果、外貨獲得などの旗印でたとえば京都の文化を落ち着いて見聞することは困難になっている。


金閣寺を例にあげると、人の波に流されて押されて、その拝観中は外国語の喧騒でうんざり。たしかに切り取られた金閣寺の写真からに人混みや喧騒はない。観光土産は売れるかもわからないが拝観という気持ちに私はなれなかった。拝観者の人数制限はしたほうがよい。


雑草呼ばわりされる一輪の花を撮った。

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カメラ記念日

昨年のきょうカメラを買った。

携帯電話で「しんあい農園日記」を10年以上、毎日更新していた頃はガラ携カメラで毎月一枚ホーム画面に載せていた。それがガラ携ホームページの限界だった。5~6年前、日記を正志に任せて私の日記はとまった。


続けたほうがよいと数人から言われた。私も続けてきた日記を書かない夕方をむかえるのは生活リズムではないと感じていた。

前の仕事をしていたとき、当時は唐戸魚市場社長の松村さんから「社長通信を発信することは、自己研鑽になる」とご指導いただき週刊社長通信を社内向けに出した。それが農園日記のベースになって、いまの「囲炉裏の部屋」として続けている。


ブログは「自己研鑽」の場であるから、閲覧者が0人でもかまわない。ブログを1年続ける費用の約2万円は自分みがきの必要経費。ブログを支えてくださるボランティアは重枝さん。


ブログをはじめるにあたりタブレットが必要になった。ブログを毎日更新することを目的に手にした。カメラアプリでブログ作成が面白くなった。

けれども、タブレットのカメラでは撮りたいとき撮れない悔しさを感じることが多く、腰に携帯電話のように常備できるカメラが欲しくなった。


タブレットとペアで使うカメラ機能Wi-FiとBluetoothを理解して私がカメラを選ばなくてはならない壁があった。

その壁を越えるために私は苦労した。けれども目的がはっきりしていたので挫折せずにカメラに到達した。キャノンのカメラでWi-Fi機能でタブレットに撮影した画像を移せる一番安価なカメラを買った。


撮影技術を教えてほしいけれど、技術となると一眼レフの世界。安さを求めたカメラを使いこなすには毎日たくさん撮ってカメラ性能を使いきることだろうと思った。毎日、私の腰にはカメラがある。

俳句を楽しんだ母は日常にアンテナをはって文字にのこしている。私にそのセンスはないので手っ取り早く撮る。


囲炉裏の部屋が私を育ててくれている。


動力噴霧器。エンジンで水圧をかけて強烈な力で噴霧できる。薬剤にも使えるし掃除にも使える。

早起きして動噴をセット。草刈機や農園で使う車に小型ユンボなどの汚れを水圧できれいにした。

部屋の掃除などをおえたのが7時。簡単に朝食を済ませて散髪。その後、防府トヨタ。


午後から川土手の草刈。

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知らないことはダメなのか

昼寝をたっぷりしたので昨夜は眠れるか心配だった。けれどもいつもと同じ8時前から眠たくなり起きたら4時だった。睡眠が足りて体と頭が壮快を実感した。

ただ、油断して半ズボンで夕方犬と歩いたときブトに左足ふくらはぎを刺された。そこが真っ赤に腫れ上がり熱をもっている。正座ができない。


写真。

使いはじめて2年と半年の愛車。水曜日オイル交換のときエンジンルームの配線をネズミがかじった箇所が見つかった。断線寸前のところもあった。

その対処に防府トヨタの岡本直也さんが来園。明日まで修理になった。


愛車の走行距離は15万キロメートル。一度も故障したことはなく快適に走ってくれる。もうⅠ0万キロメートル走って次の新車になる。


ネズミが配線をかじった。その事を知るまでは毎日快適に走ってくれる信頼の愛車。ところが、配線がいつ断線するかわからないと知って不安の愛車になった。


「知る」ことは大切なこと。けれども「知って」心が、気持ちがざわつく。

その究極を考えてみた。私の命が終わる日を知ったとしたら、その日までの毎日が楽しいだろうか。知らない、わからないことが生きていくなかで必要なことではないのかと思った。


6時前に萩市向けて配達スタート。山口市内まで走り終えて農園ゴール。さっさと昼ご飯を済ませて3時間の草刈。

きょうも元気いっぱい働けた。

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2時間も昼寝ができた

きのう唐戸魚市場。馴染みの店に並んだ鮮魚。

自宅近くの漁港に釣り船を係留していた。片道20分ぐらいの釣り場は宇部空港沖の白灯台付近。アイナメ、メバル、キスゴ、カレイ、コチにイイダコなど季節の魚がたくさん釣れた。その外道にギザミ(ベラとかキュウセンなど所で呼び名が異なる)もたくさん釣った。ウロコが取りにくいのでリリースする人もいたが私は持って帰っていた。

その頃、元気だった母は七輪で炭をおこしてギザミを焼いた。ウロコは取れる。そのあと煮付けにしてくれた。白身で甘さを感じる旨い魚だった。


「につけ美味いよ」と札がのったひとやま千円。魚市場でギザミがあったのははじめて迷うことなく買った。親父がウロコ取っちゃろうかと6匹とも下処理してくれた。

頭や骨も全部チューチューしてきれいに食べきった。今朝も食卓に一匹出た。今夜は煮汁で豆腐が楽しめる。


写真の左、特牛(こっとい)の赤イカは元気だった。下の、釣り真鯛は清水千代美さん(お客さま)ご主人が買い求めたらしい。


金曜日の配達はない。朝寝坊してゴロゴロしても遠慮はないが草刈りがとても気になる。3時に起きて、6時から草刈機を担いで3時間やった。上下の作業服にたっぷり汗が滲んだ。

着替えをもってそのままの格好で持世寺温泉に直行。朝風呂で汗を流してさっぱり。隣接の豆腐工房に立ち寄り。アナウンサーの「けいちゃん」とカメラが狭い店内取材中だった。

一丁300円の絹豆腐を買い、卯の花(無料)をひとつもらった。


お昼、1年半ぶりに酒を飲んだ。先日の血液検査結果がすべて良かったので気がゆるんだ「きょうぐらいは」と。

昼寝が2時間もできた。

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中尾さんと早朝の再会!

3時前に起床。すぐにタブレットで雨雲の位置を見てから豪雨ニュースをネットで確認した。南九州全域の自治体と会議録調製の仕事で年間何度も通っていたので報じられる地名や河川はわかるので心配していた。


5時過ぎに木曜日を満載して農園スタート。小月と長府の飲食店、所定の場所にお届けして唐戸魚市場。赤間神宮に車をとめて市場に向かっていたら中尾さんが走ってこられた「おはようございます」と声をかけたら驚いて足を止めた。


20数年前、唐戸魚市場株式会社の専務は松村さん。常務が中尾さんだった。松村専務と私がご縁ができたころ「満州の夕日を見に行ってこんか」と専務からお声かけいただいた。その内蒙古自治区に入るには招かれたという招聘状が必要だった。その手続きをしてくれる案内人(内蒙古大学卒業。日本在住の廣さん)を専務が段取りしてくれて中尾さんと北京。そこからプロペラ機で2時間ぐらいでハイラル(香月画伯のハイラル通信)ここを起点にホロンバエル大草原をロシア国境の満州里(マンチュウリ)まで蒙古族のパオに泊まりながら珍道中をした。


松村専務が感動した地平線にしずむ夕陽「ここはお国のなん百里 離れて遠き満州の紅い夕陽にてらされて」時差は1時間ぐらい立ったが夕陽のしずむ時間は夜中の10時ごろ。それまで蒙古の人と焚き火をかこんで馬頭琴の音色で強い酒をあおり(水がほぼなかった)毎晩泥酔して草むらで蚊にくわれて朝をむかえていた。一度も夕陽を拝んでいない。


財布の現金を全部盗られた。その日から常務にコバンザメのように寄り添って「タバコ」「酒」をせびり尽くした。中尾常務は毎晩宿泊先で葉書を書いていた。それは奥さま両親宛てだった「僕は、出張や旅をしたとき女房の親に簡単な便りを出すことにしている」内モンゴルの田舎で葉書を扱う郵便局をさがしていた。


私がトランクにロックをしないことが気になり中尾さんがダイヤルロックした。私は暗証番号がわからず着替えができないまま旅をした。帰国して家内に暗証番号を聞いたら設定していないのでゼロ4桁で解除できた。


県議会に立候補されたとき、私ができる精一杯の応援活動をした。その後は下関市市長として市政に尽力された。


今年で70歳。海峡フルマラソンを完走したいので今朝は20キロ走っている。先日は松村さんとビアガーデンで飲んだ。また飲みましょうと誘われたが、最近は歳のせいか前ほどは飲めなくなり、前ほど騒がなくなりましたいねと言うと「僕も二日酔いが多くなった」と大笑い。

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能町みね子さんのファンです

NHKラジオ。月曜日から金曜日まで午前は「すっぴん」を必ず聴いている。アンカーは才女の藤井彩子さん。パーソナリティーは曜日ごと担当がある。水曜日、最近とくに気になる女性 能町みね子さん。耳ざわりのよい滑らかかな声が好き。先週、トイレのタオルが話題になったとき「やっつけタオル」と彼女が言うのは、トイレだからとどうでもよいタオルを掛けるセンスを「やっつけ」トイレこそ飾りたいというセンスに女心を感じた。


きょうは彼女が沖縄県古宇利島を20年以上前に旅をした思い出を語った。本島から長い橋をレンタカーで渡って予約した民宿に着いたのが午後3時。早いのでそのまま島を走っていたら呼び止められた「送別会をやっているので来ませんか」わけがわからないが時間はあるので誘われた会場に行ったら15人ぐらいの人が泡盛で出来上がっていた。その半分は地元の屈強な男衆で半分ぐらいは誘われて飲まされて轟沈している旅の人のようだった。

三線の伴奏で大合唱。金粉入り泡盛をグイグイ飲まされて午後11時に民宿。朝まで4回もゲロした。飲んだ相手の名前は誰も覚えていない。


私は20数年前に松江市で泊まった。ホテルから近い場所に民謡酒場があった。面白そうなので暖簾をくぐったら手拍子が賑やかな宴会場「おい!ここに座れ!」と10人ぐらいの団体席から手招きされた。出雲弁のおっさんたちが酒を注いでくれる。余った刺身が全部私の前に集まった。母が出雲で生まれたと言ったら「今夜は徹底的に飲もう」と盛り上がり民謡の貝殻節を唄ったら私はヒーローになった。母直伝の関の五本松や隠岐の民謡しげさ節を唄って宴会部長に昇格した。三次会まで松江の町を唄ってホテル。翌日は二日酔いで昼までダウン。昨夜のメンバーが誰だったのかわからないが、私は1円も支払いをしていなかった。


下関を配達して小月トヨタにオイル交換。私の車はトヨタリースで山口トヨタ看板店ならどこでもお客さま。本拠地は防府トヨタで担当は岡本直也(あの拓也さん長男)

整備担当が「ヤバいです」私が嫌いな「ヤバイ」を言った訳はネズミがエンジンルーム配線を広範囲にかじっている意味だった。確認したらほんとうにガジガジ配線が噛みきられていた。

その配線を交換すると5万円以上の経費と時間がかかる。善処を直也さんに頼んだら土曜日の午後に代車と交換して日曜日の夕方には届けてもらえることになった。ヘビにネズミ対策を一任せずにやらねばならない。  


下関市から帰り道。6週間ごとの血圧など検査通院。前回は採血で終わったその結果が告げられた。血糖値・肝機能・腎機能・尿酸値など全部がとても健康数値と太鼓判「なにか気になりますか」と聞かれたので、最近は酒が飲めなくなりました。「どのくらい晩酌されますか」と聞かれたので正直にハイボールのロング缶を2本飲んだら酔ってしまうのです「それは、ふつうの酔いかたです」と。

以前は、ここがスタートラインだった。


ゆきちゃん。狂犬病予防接種を済ませて宇部犬民となりました。

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むし暑い火曜日を元気に終えた

きのう糸賀社長がFacebookに投稿された写真をご紹介。

数ヶ月前、社長室のソファーに外国人の大男が座りノートパソコンを操作していた「娘の主人ジャスティンじゃ。極真空手4段じゃ。先日の試合であばら骨を何本か折っているが元気じゃ」それぐらいの紹介だった。


日本語の会話が少しはできるジャスティンと会話をした。オーストラリア人。仕事はデザイナー、ノートパソコンひとつで仕事ができると笑顔が印象的だった。


写真のデザインは彼の作品。


昨夜はむし暑く寝苦しかった。8時前に布団を敷いてクーラー27度設定で快適になった。気がついたら午前1時、照明もクーラーもつけたまま寝ていた。犬の顔が私の顔のすぐそばにあった。

ハッピーとゆきちゃん順番にシッコに連れ出して睡眠仕切り直し。4時にすっきり目覚めた。


火曜日は山口市内を配達。おもに個人のお宅で10個や20個の軒数が8時間分荷台にある。宅配ボックスやお留守のお宅はのぞいて会話をかわす。

89歳ひとり暮らしのばあちゃんが私を待っていた。どんどん痩せてきた。転んでできた足と腕と顔の傷が増えた。このむし暑さで食欲がでないことが悩み。そういう会話を交わすために私を待っていた。


こちらも独居老人おばあさん。地域の人から敬遠されているのは認知症。回覧板を持っていって「あんたは知らん」と追い返された人がお客さまが「困ったばあちゃん」と言われる。

私は「たまご屋」で覚えている。きょうも女学生のとき体験した徳山空襲。一緒に逃げた友だちがなくなった、戦闘機の機銃掃射をまた聞いた。


夕方もどったらヘビが作業場に入ったところだった。すぐに尻尾をつかんで外に投げた。よほど慌てて放し飼いの運動場に逃げた。100羽以上の鶏がヘビを囲んだ。幸いに逃げ込める場所があった。夕方、鶏が引き上げるまでふるえていると思う。

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ゆきちゃん大型犬になるのか

名前はわからない。配達さきの庭で派手さ一番を撮りました。


商業捕鯨が再開した。出港する船団の方が「果たして食べてもらえるか心配」と心境を話しておられた。

捕鯨基地の下関が近いせいもあったのか、子供のころ食べた肉は牛でも豚でも鶏でもなく鯨だった。

七輪に火をおこして母の帰りを待っていると魚屋で買った鯨肉を持って帰る。血のしたたる刺身は母の晩酌用。私は醤油をつけて網焼き担当。脂身のウネは豚汁のようにお椀につがれた。おばいけの酢の物の味もよく覚えている。


小学校の旅行で下関大洋漁業に行った。冷凍庫に入り巨大な鯨肉に驚いた。係のおじさん(社員)が「朝、深呼吸するときマルハー」と両手をひろげると言われて信用していた。

鯨の食文化が広まることを期待している。


加奈ちゃんのお店に8時半。結ちゃんが店内を走り回っていた。保育園、月曜日の朝は入り口で体温測定があり37度以下なら合格。結ちゃんは少しオーバーしており不合格。お勤め途中のママは不合格なら仕事を休まねばならない関所。今朝は特に厳格な先生が審査で不合格が多かったらしい。


昨夜はの次女が話した。野良猫が地域に何匹もおるけれどそれ以上増えるようすはない。子猫が生まれてヨチヨチ歩き始めたらカラスが捕まえていくらしい。

そのカラス。今は子猫でも将来は別の動物を補食するようになるかもわからない。


配達先、たまごを入れる発泡スチロールが置かれている。この下にムカデがいることが今の時期多い。きょうも動かしたら大きなムカデが走り出した。壁を登って隙間に半分入ったところをボールペンの先で押さえた。これでは殺せない。そのとき奥さんが戻ってきたので「棒をさがしてください」と言うとムカデを見て悲鳴。なんの役にもたたない「そこの植え木鉢をください」と命令。植え木鉢にあった添え木でムカデを殺した。

むし暑い日はムカデが活発になる。農園でも気をつけなければ。


ゆきちゃんのフィラリアとマダニの薬を受け取りに家内が動物病院に行った。3ヶ月経過で7キログラムの体重ということは成犬になると大型犬ですねと言われたらしい。

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