鍵山先生昔ばなし(1)

下関市から美祢市に向かう午後「あつ駅」に立ち寄った。ご高齢の婦人が5人あつまり手芸をしていた。

とにかくお喋りが盛り上がり、愉しくてしかたがない雰囲気だった。ふと壁の鉛筆画が目にとまった「美祢市持田」と書かれていなくても私はわかる。私の大好きな構図で描かれているから。

この民家の石垣をはじめて見たとき、先人が人力で積み上げたであろうご苦労を見たようだった。私の大好きな田舎の風景が作品になっていた。

(明日のホーム画面で大きくご紹介します)


農園のネコは牛乳が大好き。ネコ缶とカリカリ、それと牛乳の三種類を置いたら牛乳!

今朝も牛乳からイリコの順番で食べた。愛犬と橋を渡るときネコもすぐ後ろから渡ってどこかに出かけた。


お掃除の昔ばなし


飯塚市内のレストランで食中毒がおきた。その店主は掃除の会誕生のころから鍵山先生に惚れ込んで全国に掃除の灯をともしてこられた。

保健所から営業を止められた。その解禁日のランチ開店前から数人が列をつくった。トンカツ店で開店を待つ客のなかに鍵山先生がおられた。列の人はすべてはお掃除会のメンバー。開店1時間前からの列を見た人は安心したと思う。


広島の井辻さん(掃除の重鎮)。並木通りのイタリア料理店「モンテ ティーナ」で食中毒を出した。その数180名。ご自身もカルボラーナを食べて大当り。

繁華街の店には「この度は食中毒を  」という看板が出た。約半月のお仕置きが解ける日、モンテにあがる階段には長蛇の列だった。松村御大から誘われて駆けつけたらそのほとんどがお掃除仲間で遠方からの仲間もおられた。

御大の注文は「おい!高いワインを頼む」ではじまった。


受けをねらう意味でのサプライズという言葉がある。鍵山先生のトンカツは「頑張れ」の意味だった。


『「イエローハット」の由来』


「交通安全の黄色い帽子」がイエローハットという店名の由来です。

 当時業界は、ほとんどが暴走族相手の商売でした。この実態を苦々しく思っていた私は、女性でも気軽に立ち寄れるようなお店作りに努めました。具体的には、まずトイレをきれいにしました。イエローハットに来たら、「暴走なんかできない」という気持ちにさせるようなお店にしたかったからです。

(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)