月曜日の仕事ぜんぶ終えました

2時ごろから激しい風雨で眠れなかった。

風雨で心配は、月曜日の配達をどうするか。愛犬2頭のウンチをどうするか。私にとっては大切なこと。


NHK防災アプリで配達範囲の予想風雨を繰り返し見ていた。とても走れるとは思われない風と雨だったので決めた。

明日の火曜日、山口市内を2時ごろ終えて月曜日の配達を始める。2日分の走行距離と運転時間は高齢者には堪えるが、風雨で「今週の配達はできません」とはならない。最善を尽くすことが信条。


天気予報にしたがい出ることはなし。読みかけの本を読むことに決めた。雨具の完全装備で愛犬の世話もした。


8時から「ちむどんどん」を見ているとき台風は下関と字幕に出た。淳貴君と無事の確認LINEを終えた8時半ごろ風も雨も、防災アプリとは真逆になってきた。予報は予報で、ここは小雨と少しの風になっている。とにかく月曜日の配達に出ることにした。


家内が泊まって落ちた栗で「栗ご飯」を炊いた。それでおにぎり3つで弁当にしてくれ9時に農園スタート。


写真は9時に農園から出る時の橋。流木が橋げたに激しくあたっていました。


きのう「引き揚げ」を日記に書いた。

その体験を、午後の番組で語られた方がいた。


国策で満蒙開拓がはじまり全国から農家の長男以外が(長男家督を継ぐ)夢と希望を抱いて新天地に赴いた。嫁も国策で満州におくられ夫婦になった。


敗戦色が濃厚になったころ、開拓団を護っていた関東軍は満州から離脱。そのとき開拓団の老人や子供以外の男性は徴兵されていた。


敗戦で残ったのは女性と老人と子供たち。自力で祖国を目指すという苛酷なことになった。中国残留孤児は、食べ物がない徒歩での逃避行のなか中国人に「この子を頼みます」と預けられた子供たち。その子供たちの多くは労働力として使われたと。


軍事力のバランスで平和が保たれる。


その論調におおいに疑問がある。