銚子の大ぶりイワシで酒がのめる

 今朝も3時前まで熟睡。目があいたら水曜日あれだけ疲れていたがオールリセット。木曜日が幕を開けた。


 木曜日は唐戸魚市場に6時半。車の置き場(路上駐車)は魚屋さんや買い出しの飲食店、一般の買い物客で停めにくいので赤間神宮に車をおいていた。今月から飲食店が自粛をはじめたので路上駐車はスイスイできる。銚子の「特特大イワシ」と「ワカメ」を買った。


 「島津恒三郎」をGoogle検索すると「囲炉裏の部屋」がヒットする。2019年10月5日「ゆきちゃん精密検査した」2020年10月5日「ゆきちゃんユンボのホースに噛みついた」


 ブライダル原田屋の原田康蔵社長に私のLINEを登録くださいと今朝ショートメールで「LINE」を伝えた。8時前、社長から挨拶のLINEが届いた。


 先代社長から信心についてたくさん導いていただいた。松村御大が「行こう」と御輿をあげた屋久島ツアー15人にも参加。毎年2月の「ふく宴会」も常連だった。そのなかで膝をまじえて盃を酌み交わして私を育ててくださったことを泰蔵社長に伝えたいと思った。先代が霊ながらにそう私に思わせて(気づかせて)くださったと思っている。

 先代社長の奥さまは、金光教京都四條教会でご信心をされて山口に嫁がれた。


 ある日、見知らぬ人からブログ経由でメールが届いた。

 京都で内科医院を開業されている島津さんが祖父の「島津恒三郎」を検索したところ私のブログがヒットした。私は萩市浜崎で見つけた美人画(引札)を日記に載せて「島津恒三郎」と本文中で書いた。文字検索で日記がヒットした。


 内科医の島津さんは金光教四條教会信徒総代。ヒットした私の日記をずっと読まれて、私の長女(照美さん)が金光教太秦教会に嫁いでいることがわかり太秦に電話をされた。照美さんがそれを受けた「足立さんとあなたはどういうご関係ですか」と聞かれて「私のお父さんです」と。照美さんは当時、お琴の稽古で四條教会に通っていた。


 その出来事を先代に話した「えっ!」と出来事に驚かれると期待したら笑顔で「神様の世界ではよくある」で終わった。私にとっては一大事でも先代はそれをたくさん体験されたのだろうと思った。