よいものを安くつくれる筈がない

早起きしてちゃちゃと水曜日の準備。定刻5時半より前に農園を出た。気温2度。


出て3㎞ほどの場所で道路工事で片側通行。2分の待ち時間がある。運悪くフルタイムで止まった。止まってよかった携帯電話を充電したまま忘れていた。


取りに戻って、また片側通行信号で止められた。集金の釣り銭など商売道具を忘れていたことに気がついてまた農園。


今度は信号ゴーサインでアクセル。もう忘れ物はないと走っていたら髭剃りを忘れていた。マスクがあるから大丈夫。


先日から国会衆参の予算委員会を聴きながら配達をした。経済は私には遠い世界で株価など仕組みはわからない。


前の仕事。市町村議会会議録調製を仕事にしていたとき「こんなことでは日本の経済、国力は前途多難」と私が感じたことがあった。


市町村職員は異動がある。議会事務局職員さんも例外ではない。会議録は競争入札という仕組みで業者選定がある。つまり毎年、1時間のテープ起こし単価で応札してきた。

私がはじめた頃は時間単価は24000円だった。それが退職する頃には17000円ぐらいに下がった。


会議録を調製するためには「きょう」と「今日」のように議場の発言を忠実に文字表記する厳しいルールがある。

そのことが異動で、これまで税務課職員だった方が事務局員になり業者選定をする立場になる。地元でコネがある印刷所などが入札に加わる。

私は「発注される立場として仕様書を出してください」と言うと「良いものを安くつくるのが業者の責任」とまで豪語した職員さんがいた。


それは「矛盾」の一言。味で評判の店が冷凍の食材でメニューをつくれる筈がない。建築を請け負った職人が、施主が「頼んでよかった」と笑顔になる。適正な対価を見きわめる客側が問われる。


コストダウンの競争社会では働く人の給料はあがらない。正社員よりアルバイト。こういう社会構造はやめて、よい商品づくりにまい進する「作り手」それを認めて対価を払う「消費者」の関係がつくられると経済が好循環に動いていくように思った。


写真はFacebookで目についた。

高校生のとき酒井和歌子のファンで「めぐりあい」を東宝に観に行った。書店の配達で稼いだ小遣いでもう一度観に行った。というと清純派の高校生ということになる。日活ロマンポルノや東映の高倉健や藤純子も楽しんだ。

映画の最高峰は「ショーシャンクの空に」と「ひまわり」木村大作監督の「劔岳」三部作。


「めぐりあい」の3回目を果たしたい。