車窓は長生炭鉱を通過している

3週間前に誕生のトム(♀️)乳をのんで満足の表情。


子牛をたくさん産ませて生後7ヶ月ぐらいまで大きく育て家畜市場に出すことが肥育農家の営み。6頭ほど雌牛が飼育されて年中出産がある。


いきなり親子を引き離すことではなく、もうしばらくして子牛の部屋に移す。親子が呼びあって3~4日ぐらい泣くらしいがそれであきらめる。母牛は体調をととのえて次の妊娠に入る。


ブラジルに夫婦で農業指導に招かれて長年お住まいだった方が阿知須で果樹園をされていた。ヤギが子を産んだから子ヤギをあげようと言われて安易にもらいに行った。

その夫婦はヤギの乳が目的のようだった。農園で「ゆきちゃん」と命名したまではよかったが、夜に親にあいたくてメェーメェーと声がかれるほど大声で泣く。それが1週間ちかく続きかわいそうで胸がいたみ「今夜、子供を返しに行きます」と電話をしたら「こちらも親が毎晩泣いている。もう少し辛抱してください」と言われたことを思い出した。


農園生活も長くなったハッピー。一緒に捕まった子供を育てた方が母親に会いたいだろうと農園に連れてこられた。子供は母をしっかり覚えており大喜びしたがハッピーは寄ってくる子供を威嚇した。

獣医は「次の妊娠準備に子供を忘れる」と言われたが、私は覚えているが「もう一緒にはおられない」と威嚇で示したように思えた。


萩市から戻り少し昼寝で頭がスッキリ。

「車窓」は「長生炭鉱水没事故」に入った。昭和17年に起きた海底炭鉱水没事故「水非常」。私の自宅から近い場所で起きた。184名もの犠牲者がありながら、炭鉱で発展した宇部市でまるで隠された歴史のようなことに踏み行ったことを書き始めた。

約130名が朝鮮半島出身者。それを「強制連行」されたと歴史をまげて慰霊(弔い)より政治運動にする人たちと出会ったことを残しておきたい。

故人となられた当時KRY放送磯野恭子取締役(定年後に岩国市教育長)が手がけられたドキュメンタリー映画「海鳴りの歌」で、私が調べた当時のことや生存しておられた秋順得さん(穂波町)など情報提供した。


1991年ドキュメンタリー番組で最優秀賞を獲得されたお祝いの席に招かれた。奈古高校や県内各地に講演されるとき運転手で同行。奈古高校では講演録をボランティアでつくった。


磯野さんは中国残留孤児身元保証人や広島原爆など「原爆の子百合子」などに関わられた。その足跡を運転手をしながらたくさん聴かせていただいた。


明日は夜明けを待って草刈りなど作業を半日。午後から防府トヨタで整備。