小野田市内で見かけた看板にうなずいた。
物事を伝えたいがために長い説明になり、かえって伝えたいことが説明のなかに埋もれてしまった経験が私はたくさんある。
おっしゃるとうり 看板は読ませることより見せること。
きのう7時ごろから眠たくなり布団を敷いた。4時にアラームで起きた。なんと9時間マラソン睡眠を達成した。
録画番組🔶東 浩紀 梅原 猛に会いにいく(3、11後を生きる君たちへ)をしっかりみたいので30分でやめた。
あの原発事故を梅原さんは天災でも人災でもなく「文明災」と考えられた。
原発を使って人間の生活をゆたかにする。この文明が裁きを受けた。人間の文明が変わらねばならない。
草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)この仏教の教えが日本文明のなかにあり。これを後々に伝えていくことが大切だと語られた。
人間と同じように自然の営みすべてに命がある。君が代のさざれ石も苔むす長い命をあらわしている。
宮沢賢治の作品「いちょうの実」は、いよいよ落ちていくいちょうの実が「落ちるとき目がまわらないかな」「だいじょうぶ目をつぶっていたら」と心配する。いよいよ落ちるとき「おかあさんさようなら」声を出した。
私は読んだことはないが、自然のあらゆるものに命がある。つまり、今がよければ正しいという人間の勝手な文明に警鐘をならしていることがわかった。
金子みすゞが伝えられることもそうであろうと気がついた。
山口市内「コメダ珈琲」10時から。10時半から。お二人別々にお会いする約束。
農園を出るまで部屋の掃除などを終えて、山口市内で給油とウォーキング(雨で大型商業施設のひさしの下)犬の餌など買い物をしてコメダ珈琲。
11時半に湯田温泉 かんぽの湯。
『プラス思考』
ないものを数えるよりも、いまあるものを一つでも多く数えることです。
できない理由を考えるよりも、いま自分にできることを一つでも多く考えることです。
換言すると「こうだったからこうなった」と考えるのではなく「こうだったのにこうなれた」とか
「こうだったからこそこうなれた」というように受け止める生き方が、プラス思考だと思います。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
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藤野貴之 (日曜日, 03 3月 2019 17:54)
東浩紀氏による梅原猛氏への追悼文やインタビューの再録
https://genron.co.jp/shop/products/detail/218
東先生は安田登先生のお友達です(^o^)
”いのち”学問と宗教はここに触れなければ、やる意味はないと考えます。
あだち です (日曜日, 03 3月 2019 18:04)
藤野先生
梅原先生 宮崎を歩かれての古事記を読んだ記憶があります。番組で 梅原日本学にふれて、日本文明を学んでいく大切さに気づきました。金子みすゞも鍵山先生も、そこを伝えようとされているのですね。
藤野貴之 (日曜日, 03 3月 2019 18:39)
早速のお返事ありがとうございます。
同感です。
入り口やツールは違っても学ぶべきものはそこだと思います。
例えば数学や英語(外国語)も、「日本語以外」にしたときに、よりクッキリと日本文化や日本語がわかったりすることがあるのです。
今の「役に立つ」風潮とは違います。
あだち です (日曜日, 03 3月 2019 18:48)
むつかしいことはわかりません。
すべては数式におきかえることができる。という西洋哲学の限界を日本文明に見いだされた梅原先生。
数学者が数式にあらわせない情緒をもとめられたことが、私なりに理解できました。数樂の会ありがとうございます。